2009年4月 4日 (土)

「会社に人生を預けるな」 光文社新書 勝間和代著 2

薔薇棘のメーリングリストで勝間さんがこの本をメンバーには献本してくれるというので、ご本人に「ぜひ下さい」とメールを送ったところ、その2~3日後に出版社から送られてきた。「忙しい人は仕事が速い」とよく母が言っていたが本当だと思った。

私自身は2度の転職の末、人生を預けようにも預けようの無い外資系金融企業に漂流したため、会社に人生を預けることは、希望しても不可能な状況にある。制度や福利厚生面では今の会社はとてもいい会社だと思うが、雇用保証だけは、無いと考えておくのがやはり妥当だと思う。

私は特に上昇志向も無く、報酬面での欲も大して無いが、報酬の市場性については20代の後半くらいで気がついた。それ以来、提供する労働に対して不当に安く使われることは嫌だとは考えるようになった。つまり私が提供する労働を高い値段で評価してくれる、条件の良い会社で働く方が良いという考え方だったため、今の場所に流れ着いたのはその意味では当然だったかもしれない。

日本企業の報酬水準は市場ではなく、年次で決まる。だから新卒採用で企業に入り、黙って人並みの(要するに年功序列的な)昇格・昇給を繰り返していると20代後半頃から30代にかけて、提供できる労働の価値が報酬を上回る時期が構造的に存在する。

これは不公平な話なんで、気がついたら会社に猛烈に文句を言って給料を上げさせるか、もしくは転職をするか、何らかの手段で意識的に調整する方向で動いた方が健全だ。・・・と考える私は真っ向から終身雇用が前提とする年功序列の考え方に反抗的なようだが、まあその通りで、報酬は年功序列ではなく、基本的には、仕事の内容と市場の水準で決まるべきものと考えている。

私は外資金融に転職して納得のいく報酬の代わりに雇用保証を失ったとは思うが、外資系企業には流動性のある人材市場があり、ノウハウを持ったエージェント(ヘッドハンターとか)も存在する。個人的にも、2度の転職の経験でひとつのドアを閉めると次のドアが開くことを知った。だから雇用保証が無いことを私はそれほどマイナスには考えておらず、現実の企業の栄枯盛衰サイクルのスピードを目の当たりにして、会社に雇用保証をどれだけ求めるかは個人の選択も問題もある程度はあるとは思うが、あんまし保証が無かったとしても、それは会社が無責任ということではなく、時代の必然ではないかと感じている。

この本が指摘しているのは、私も身を持って感じている経済環境の変化の早さと終身雇用という静的な日本の雇用慣行のギャップが日本社会に生み出している弊害で、確かに、経済状況がどのように悪化しようと、今の日本の法律では、事実上、会社は社員を解雇することはできない。

リストラとかいっぱいやってるじゃんと思うんだけど、あれは解雇ではなく、大抵の日本企業がやっているのは早期退職制度で、社員の自発的な早期退職の希望に基づいている(少なくとも、そういうことになっている)。外資系企業がやっているのも多分大半はアウトプレースメントのオファー(不況で社内には仕事が無いので、社外で仕事を探してくれという打診)であって、あくまでも対象者の同意を前提としているから、一方的に解雇しているのではない。

企業にとって合法的にできるのは派遣社員とか、契約社員とかの非正規従業員の契約期間満了に伴う、いわゆる「雇い止め」による解雇だけで、それでさえ、社会問題とされ、その合法性が問われているケースもある。

この現状に、「終身雇用制の緩和、正規雇用と非正規雇用の均等待遇、総労働時間規制の三つをセットで、国が行え」というのが著者の主張で、確かに今の正規・非正規雇用者の待遇の差には、公平さを欠くものがあり、かといって経営者の視点から見たときに、経済状況の変化に応じた労働者数の調整が現実的には必要であれば、終身雇用という慣行を考え直さざるを得ない。

ここで著者が提案しているのは、国と企業と個人の間でリスクをもっと分散しましょうということでもあると思う。終身雇用制度は、若い間は上がりにくい賃金や長時間労働など、個人にとってのリスクもあるが、雇用の継続だけは保証されている。だから不況になっても正規雇用社員の人員削減はできないというリスクは、企業が丸抱えしている。一方、非正規雇用の人たちは、雇用の継続が保証されず、個人が経済変動のによる雇用喪失のリスクをひとりで負う形になっており、バランスが悪い。

さらに総労働時間規制も視野に入れ、一人当たりの総労働時間規制を決めることによって、雇用される機会のある労働者の人数を増やすとともに、ワークライフを推進するというのが著者の考えで、総労働時間規制については私ももっと知りたいと思った。

「お上はかなりテキトー」、「大企業の経営者は、残念ながら、大半はめまいがするくらい凡庸です」の率直な指摘には爆笑。でも何事も、お上や上司に任せてしまうのではなく、最終的には自分で考えて判断する習慣を持つ必要があることは同感。

2008年4月 5日 (土)

勝間和代さん勉強会

▼仏教の「三毒」追放は、「妬まない、怒らない、愚痴らない」
何かをやる、ということより、何かをしない(=Not to do listを作る)方が効果が高い。迷う時間や無駄な人づきあいも無い方が頭がクリアになるし、依存薬物は時間や考えが蝕まれる。

▼無意識を活用する
妬んだり、怒ったり、愚痴ったりするのが良くないのは、ネガティブな感情を追体験するから。ダメだ、できない、誰々に邪魔される、等々とネガティブなことを考えていると、本当に悪いことが実現するような行動を無意識にとる。

逆に、常に良いこと、なりたい自分をイメージしていればそれに近づける行動を日常的に、無意識に行うようになる。

▼「Giveの五乗」
「Giveの五乗」は、自分で仕事をするより、みんなが自分で仕事をすることでHappyになり、自分の周囲に好循環を作れるように、情報を与えたり相手を助けたりすること。困っている人を助けると自力もつく。また困っている人のいる分野は需要のある分野といえる。他人が得する仕組みをつくると自分が得をする。

▼どうやったらできるのか→やればできる
私たちが日常で直面する問題の多く(例えば、仕事の企画書をどう書くか)には、解決のノウハウは既にあり、それらは本になって売っている。でも本を買って読む人は少ないし、読んでも実行する人はさらに少ない。

みんな努力していないのだから、ちょっと努力すれば人とは違う結果が出せる。これが勝間さんの場合にはベストセラーだった。

だから勝間さんは本を読むことを勧めていて、本を読むことは著者との対話だと考えている。本当は直接お話を聞くことができるといいけど、そんなに誰とでも会えるのではないから本を読む。ひとつの考え方に偏るのではなく、様々な視点のものを読むのがいい。

▼Chabo!
本の印税の20%をNPOのJENの難民・災害支援に寄付するChabo!の仕組みは、「お金を集めるのにお金がかかる」ことから、本を買う一般の人から、出版社に一括してお金を集めてもらおうという発想。
(本にクチバシとトサカが付いたニワトリのキャラクターも可愛く、広がるといいなと思いました。)

▼座右の銘
勝間さんの座右の銘は「未来は過去の蓄積からしか決まらない」、「起きていることはすべて正しい」。不都合なことを否定しても始まらない。起きた前提で対処してゆく。

2008年3月31日 (月)

三毒追放

仏教の「三毒」追放とは、「妬まない、怒らない、愚痴らない」
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昨日の薔薇棘、「大名古屋会」で講師の勝間和代さんより、「キャリアアップとツキに効果がある」と教えていただいた。他には、「Giveの五条(与えて与えて与えまくる)」、「Giveは自分が得意で負担がかからないものを」。

私の場合は、キャリアアップしたい、などという大それたことを考えたことは一度も無いが、ぼさーっと会社勤めを続けてしまった結果、折りしもダイバーシティーなどの考え方で日本では先端的な外資金融に勤めていた、元通訳で英語は得意だ、元来仕事は速く品質も高いと言われやすい(これは、本人的には、残業したくないのと、仕事の品質に関して他人にとやかく言われるのが嫌いだから、文句が出ない程度に適当にやってるに過ぎないが)等の偶然が作用して、勝手にキャリアアップの方向に向かってしまい、仕方が無いので自分の意識・無意識を現実に起こってしまっていることに合わせるべく、調整を行っている。

その手がかりとなり、大いに役立っているのが田口先生の中国古典講座と薔薇棘のネットワークと情報で、これが無ければ私はどのように現実と自分の意識の差を埋めることができるか分からない。これを頼りに日々、どのように振舞うべきか決め、多少辛く感じても(元来、軟弱で、仕事に強い意志などは持たないので、ちょっとしたことがすぐ辛い)粛々と実行するよう心がけている。

勝間さんの座右の銘は、「未来は過去の蓄積からしか決まらない」、「起きていることはすべて正しい」だそうだ。

私の周囲にいる、私から見て能力が高いと思える人は、運命の容赦の無さにさっさと観念し、受け入れて抵抗せず、正直によく働く。そして新しい考え方をしていて、それをさらに広げるために必要なことを、やると言ったら本当にやる。

2007年10月10日 (水)

園田天光光さん勉強会

(8月の薔薇棘、園田天光光さん勉強会の後、私が薔薇棘MLに投稿した内容は以下の通り。)

園田さん話盛り上がってますね!みなさんの報告でそれぞれの方面から勉強会の内容がカバーされていると思いますので、私はお気楽に自分の感想など書かせていただきたいと思います。

それにしても園田さんの、勉強会では語られなかった後半生はたしかに自伝を出版していただきたいですね♪

今回の昼薔薇でまず私が感じたのはこどもたちのエネルギーでした。

勉強会のときの挨拶でも申しましたが、人事という仕事柄、社員の皆さんの産休や育児休暇のご相談を、ご本人からも、その上司からも受けたり致しますが、国の法律や会社の制度を作れば出産や育児をする社員のワークライフは確保されるものの、その間労働力不足になる職場をどうするのかと考えると、特に人員数には余裕を持たない考え方の外資の文脈では(制度面は進んでいるのですが)、難しいものがあるなと感じたりもしていました。

実は私自身も、最近産休や育休を予定している同僚が周囲に何人かいて、個人のワークライフの職場への影響は他人事ではない現実問題だったのですが、昼薔薇でこどもたちを見ていて、「まあ仕事はできる人でできるだけやればいいか」みたいな気持ちになりました。これは考え方の問題だけで、現実問題は何も解決しないのですが、こどもたちを見ていて、何が解決を必要とする問題なのかという視点が少し変わったのかもしれません。

仕事はこどもが理由でなくても常に完璧にできるのではないし、狭い職場の視点からもう少し引いて見ると、今そこにたまたまある仕事をちゃんとやるのが必ず良いこと、必要なことでもないかもしれません。

私はそう感じて園田さんのお話を聞いていましたので、「赤ちゃんを産むことは天から与えられた女性の使命」という園田さんのお話も、お隣に座っていたりえこさんからは、「耳が痛いわね」などと囁かれつつも、なぜかごく自然に受け止めていました。これも、現実問題を言えば、(私のように)出産しない女性というのもいるわけですが。

昼薔薇のように、お母さんとこどもが一緒にいることが、本当の女性の働く姿で、今日はこういう会に呼んでもらってこれまでで一番嬉しいなどと言っていただいたことも、私は妙に嬉しかったです。

以下女性の社会参加について、なぜか印象に残ったのは以下のようなお話でした。

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園田さんの時代の女性運動は、女性も男性と同じでないといけないという考え方だったため、園田さんは受け入れることができず、参加しなかった。園田さんの考えでは女性も男性と同等の協力者であって、共同社会であることが大事だが、女性と男性は同じではない。

そのような時代には、女性がお茶くみのような仕事を嫌がることがあったが、園田さんは、お茶を出すことも大切な仕事であることを伝えていた。もういちどあそこに行ってあのお茶を飲みたいと思わせる、お茶くみはそんなに軽い仕事ではなく、会社の心臓部を握っているといえる。しっかりやったらどうか、大きな喜びと思ったらどうかと話した。

こどもを可愛がるお母さんの心は女性にしか持てない。女性感覚の喜び、暖かいぬくもりが女性のいる意味であって、これは男性には持てない。女性は職場にうるおいをもたらすことができる。

保育所を増やすより、お母さんと子どもが一緒にいられるように仕事の時間短縮をした方がいい。

園田さんは国会では孫のように可愛がられた。女性は数も少なく、意見を通そうとしても難しかった。

こどもがお母さんの膝の上のぬくもりで感じる、無言のうちに伝える愛情が大事。
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2007年8月 8日 (水)

ダイバーシティーの位置づけ

薔薇棘への報告には書かなかったけれども、内永ゆか子さん(http://www-06.ibm.com/jp/press/pressroom/ryaku_uchinaga.html)のお話を聞いて、後日、私の中で沈殿してきた重要なメッセージとしてダイバーシティーの位置づけがある。

曰く、

①イノベーション
企業にはイノベーション力が必要である。イノベーションとは単なるグッド・アイデアではない。グッド・アイデアをビジネスに結びつける力がイノベーションである。日本企業はイノベーション力が弱いが、この原因は、日本企業が基本的に同一人種の男性の作る単一の文化と価値観で構成されているためと考えられる。

②ダイバーシティー
この状況を変えるには、企業も多様性の実現のため、ダイバーシティーに取り組む必要がある。ダイバーシティーとは、具体的には、女性活用や、外国人・障害者雇用に取り組むことである。

③ワークライフ
女性活用を進める上では、柔軟な勤務制度や、在宅勤務を認めるなど、社員がワークライフバランスをとれるような制度が必要となる。長時間労働をする社員が良い社員、という文化では、女性はどうしても不利になる。実際、長時間労働を当たり前とする日本の労働生産性は他の先進諸国と比べて低い。

ダイバーシティー

7月の薔薇棘勉強会で、IBM技術顧問で、NPO J-Win(http://www.j-win.jp/)代表の内永ゆか子さん(http://www-06.ibm.com/jp/press/pressroom/ryaku_uchinaga.html)のお話を聞いた。

内永さんは、現在は日本IBMは退職して顧問の立場だが、在職中には技術部門担当の役員であったことから、自分の経験を次の世代に"give back"したいとの思いから、NPO J-Winを立ち上げて主に大手日本企業に対してダイバーシティー(女性活用)推進のためのコンサルティングや研修などを提供している。

私が薔薇棘メーリングリストに書いた、7月の内永さん勉強会報告は以下の通り。

■マネジメントシステム
ダイバーシティー(女性活用)は企業戦略としてやる。戦略としてやるからには、数値目標を設定しなければならない。数値目標を持ったら、進捗を管理する。進んでいるかどうか分からないようでは戦略としてダメ。進捗管理は、トップダウンで徹底的にやる。

例えば新規事業のタスクフォースに女性がいなければ、「なぜ、女性がメンバーに入っていないんだ」と聞いて、入れさせる。タレント・レビュー(外資企業でよくやる若手有望社員の棚卸で、後継者計画の作成にも使う)に女性社員が入ってこなかったら、「なぜ、女性を入れないんだ」と聞く。部下の女性社員がまだ管理職になったばかりの状況であっても、とにかくタレント・レビューに名前を入れさせ、毎年フォローアップする。2年してもその女性が昇格していなかったら、「部下の育成ができないということか」等、とにかく事あるごとにフォローアップすれば、「粘土層」の中間管理職も本気になる。男性は一旦本気になれば徹底してやる。

ダイバーシティーを進めるためのマネジメント・システムとしては他に、フレキシブルな就業環境がある。例えばe-ワークの導入をして、自宅勤務を許可するなど。長時間労働する社員が「ういやつじゃ」の環境はどう考えても女性は不利。e-ワークができれば、小さなこどものいる母親であっても、こどもが寝ついた後の夜10時~11時であればパソコンに向かって仕事ができる。この時間帯の、ネットを使っての女性の仕事上のコミュニケーションを、「魔女の密会」という。

これは女性だけの話ではない。男性であっても、別に何の理由もなく在宅勤務の申請だけしておき、「今日は家で考えます」という働き方ができるといい。ダイバーシティーをやるためには、ワークライフが必要という順番。

また評価システムには透明性が無いといけない。「あうんの呼吸」ではダメで、プロセスではなく結果で評価する。いつもオフィスにいて、「おいきみ」→「はい」は確かに上司には嬉しいが、オフィスには居ても居なくても実は結果は出せる。

■女性へのメッセージ
・キャリアの目標は明確に
男性は何年で課長、何年で部長、とか考えている。どういうポジションで退職したいのか。そのためには5年後にどうなっていないといけないか。泣くことがあっても上を目指す。出世すれば決済権を持てる。それでできることもある。世の男性はだから上にこびへつらう。

・上司に逆らってはダメ
上司は大事に。助けてあげる。ダメ上司は自分がダメなことくらい分かっているが、バカにされれば面白くない。自分が上司ならどうして欲しいか考える。どうしても反対意見を言わなければならないときは、言い方と言う場所は考えて。女性はもっとズルくならなくてはならない。自分の言いたいことをただ言ってもダメ。やりたいことをやるには誰を動かさなければならないのか、考えて行動する。どんなにいいアイデアを持っていてもボスがNOと言えば終わり。それよりボスを育てて我慢する。

・与えられたチャンスにはチャレンジ
「女性だから」は嫌だとか、チャンスの来方に文句を言うのはおこがましい。男性が嫉妬してあれこれ言うようなら、「くやしかったら女になれば」とでも言っておけばいい。

・個人としての価値/強みをもつ

・ネットワークを大切に
男性はネットワークに弱い。薔薇刺のようなネットワークを持っていることは、男性上司にほのめかすと良い。女性は自分の能力にこだわりすぎ。周囲の優秀な人とネットワークして使うべき。

・メンターを活用する

・馬に乗ったら降りない
乗ると決めたら乗りつづける。

・基礎体力をつける
ダイエットなんかしない。

・全て完璧にこなそうとしない
適当に力を抜く。上の人を見て手を抜け。

・ビジネス服は戦闘服
自分の好きな服を着るのではない。

2007年5月22日 (火)

薔薇刺

薔薇刺(http://www.baratoge.jp/)はNHKの記者で私の大学時代の友人が、全く個人的なネットワークで作り上げてしまった勉強会で、メーリングリストに登録されている会員が200人を超えた今となっても、会の基本的な性格は全く変わっておらず、入会基準だとか入会のプロセスだとかいうものは未だ明確には存在しない。

彼女の「個人的なネットワーク」は昔から私の理解は超えており、彼女を知らない人には薔薇刺がパーソナルなネットワークだと言われても理解しにくいかもしれないが、まあ大学時代からの友人の私としてもその全容を把握できているわけではなく、又する気もなく(笑)、ただ彼女のネットワーク力は把握不可能であることだけを長いつきあいから理解し、割と淡々とそのマネジメントだけをメーリングリスト管理人として受託している(←彼女にはできないから)。

最近、このブログにも、薔薇刺の連絡先を教えて欲しい等のコメントをいただいているのだが、無視していたり、どうでもいいと思っているのではないが、上記のような理由でお返事ができていない。ただ彼女に話してみたところ、「基本的にメディアで発信する立場の人たちがつながり、情報と人を共有し、いい発信をしていく、というのが会の趣旨。・・なので、学生の方やその他のお立場の方はご遠慮いただいてはどうか」という考え方らしい。

じゃあなんで私(いちおう平日日中の仕事は外資系金融の人事なんだけど、、、)が関与してんのか等の疑問は若干残るかもしれないが、まあ私は彼女の大学時代からの友人なんでちょっと別と考えていただいて、薔薇刺の基本はやはりメディアで発信をしてゆく人の集まりということだそうだ。

私も薔薇刺はメディアの人の集まりだと思い、最初のうちは勉強会への出席も遠慮していたところ、「何で来ないの?」と彼女に不満そうに質問されたので、現在では特段の理由が無い限り出席すべきであるというモラルが形成され(笑)、また勉強会は私にとっても確かに興味深いので、ほぼ毎回勉強会に行っている。

上記のような経緯なのでこれまで、オンラインでの入会(例えばメールによる入会申し込み)などは受け付けておらず、あくまでオフラインの人間関係がベースで、メンバーの紹介の場合であってもいちど勉強会に来ていただいた上で、メーリングリストに登録させていただいている。今後もこの方向を大きく変えてゆくということは現時点では考えにくいようなので、薔薇刺に興味を示してくださった方々に、少なくとも会の性格をご説明できればと思い、ここに書いた。

2007年5月 3日 (木)

お金のリテラシー

4月の薔薇棘勉強会講師はネットライフ企画株式会社取締役副社長の岩瀬大輔さん(http://totodaisuke.weblogs.jp/)だった。

この勉強会の趣旨は、「ハーバードMBA留学記」という本も書かれている岩瀬さんにハーバードMBA留学での経験をお話いただくというもので、そのあまりにエリートな感じに無縁さを感じた私は最初、その勉強会は行かない、と主催者の友人に告げていたのだが、勉強会数日前になって「来るよね?」となぜか彼女から念を押され(笑・行かないっつってんだろう)、結局行った。

勉強会で岩瀬さんに教えていただいたお金のリテラシーとは、次の5つ。

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1.お金は時間をかけると返ってくる。勉強と似ていてこつこつやることの意味が大きい。例えば1月2千円の貯金でも1年では1万2千円。一生では大きな違いになる。ちょっとの違いが大きい。

2.お金の勉強はしない。自分ではしないで、詳しいやつを捕まえる。「詳しいやつ」とは単に自分が知りたい分野の金融知識のある奴という意味で、プロであったり、資格など持っている必要はない。

3.金融マーケットは効率的にできていると心得る。つまりお得な商品など存在しない。たとえばニュージーランドドルで預金をすれば金利は高いが為替リスクを負うことになるなど、全てトレードオフがある。スーパー金持ちなら有望企業のIPOなど儲けやすい話がくることもあるが、普通のシロートには無理。

4.金融商品はシンプルなもので十分。例えば生命保険なら、死んだらいくら、入院したらいくら、以上おわりでいい。有名な投資家のバフェットは有価証券報告書しか読まなかったと言われている。他には指標として金利だけを見る投資家などもいる。複雑な金融商品は、金融機関がどこかでサヤを抜いている。

5.お金で幸せになれるのではない。自分にとってのハピネスを知ることが大事。
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勉強会ではワークライフも話題になった。私自身は「仕事は超低空ステルス飛行」、「競争は全回避」の窓際キャリア志望なので、私なんかは地でワークライフバランス重視で何の矛盾も感じないが、世の中、岩瀬さんみたいに起業したいだとか、会社員でも競争に勝ち抜きたいとか、何かやり遂げたいと思っている人は、放っとくとそりゃー仕事ばっかしちゃうよなあと、あくまでも他人事として認識致した旨勉強会報告メールを書き、岩瀬さんにもそのメールを転送してお伝えしたところ、

岩瀬さんよりお返事をいただき、「バリバリ外資系金融ウーマンかと思いきや、『超低空飛行』タイプだというのが、意外でした」とあったので私の方が驚いた。このような誤解を産むのはおそらく、私の勤める会社がグローバルに示す金儲けに対するアグレッシブネスと、最近日本市場で特に顕著な事業拡張など、ヤル気満々なイメージのせいだろう。

全てcompellingな時の流れで今の会社に転職するには至ったものの、それでも自分と自分の勤める会社のidentifyはある意味、今だに困難である。

2007年2月25日 (日)

陰陽を和す

2月5日に行われた薔薇棘勉強会のきろく。講師は中国思想家・経営思想家の田口佳史先生。

■ふたつの流れ
紀元前770年に周が衰退してから秦の始皇帝が統一を果たすまで、550年続いた戦乱の春秋時代の思想には、2つのアプローチがあった。

ひとつは、戦争は欲望の制御ができないから起こるとして平和へのリーダーシップを唱える儒教で、これは現実的な処世訓。

もうひとつは社会を否定する老荘思想で、当時の都市化と文明を疑い、社会の外側から見る考え方。ソクラテス、孔子、釈迦の3大聖人は都市で生まれている。都市は便利だが、人間を苦しめる。これは都市を便利にしている技術は不可避的に「持てるもの」と「持たざるもの」の区分と闘争を生むからで、戦争に反対するなら文明を疑えというもうひとつの流れが老荘思想。

老荘思想(=Taoism)でいう「道」は、宇宙の根源、大元であり、万物の母(「万物の父」とは言わない)。母性の持つしなやかさ、したたかさを重視した考え方は中国の南で発達した。

■受け止めるべきものはほとんどない
老荘思想の象徴は「水」。水は自分の形を持たないからどこにでも入れる。自分の形とは自己主張の象徴。自分の形より相手の形を知ることが必要。「水よく万物を利して争わず」といい、対立、競争はロクなことが無い。ほとんどいなしたり、かわしたりするのがしたたか。受け止めるべきものはほとんど無い。真正面からぶつかるのはラグビーじゃないから止めておく。ただし「無視」は対立だからダメで、「あ~、それね~、、、それはもう分かってるからいいよ、、、」といなすのが良い。

■無為にして成さざるは無し
有は有限、無は無限だから自分は無の境地に立つ。自分の名前に翻弄されないこと。名前なんてときたま変えたらいい。「無為にして成さざるは無し」といい、例えば会議で自分の意見を通したかったら見守ること。見守るというのは、よちよち歩きのこどもを見ているような緊張感を持ってする。そしていい意見が出たら、「その通り」と言う。

■陰陽を和す
完璧とは相矛盾するするものが合わさっていること。火と水の温泉、リラックスと緊張が大事なゴルフ、男性の女性性、女性の男性性など、陰と陽が和することはこの世の必然。「どっち」ではない。ひとつ捨ててはダメ。陰陽は英語で言うとcomplementarity(補完)。

■しみじみ語る
中国古典は、しみじみと語る。教育も同じ。教育とは「命とは何か」、「なぜ生まれてきたか」、「人間とは何か」を教えること。

■実用的な教育
吉田松陰の私塾では、実一久といって、実行(=実)、ひとつだけ(=一)、ずっとやる(=久)を教えた。例えば母への考について習ったら、次の日には「何を実行したのか?」と聞かれる。答えられなければ帰れと言われる。お習字のときも今のように「青い空」とか無意味なこと(笑)を書くのではなく、商売に使う書簡の書き方などを習った。

■根源的・長期的・多様に見る
物事は、根源的・長期的・多様に見る。人を相手にせず、天を相手にする。物事は100年くらいの単位で考える。

■天の命ずるこれを性という
人は生命と天性(性別と性格)を授かって生まれてくる。人はこれをはっきりするために生まれてくる。何でもここから来ている。「性に従うこれを道という。道を修めるこれを教育という。大学の道を明徳という」。明徳とは自己の最善を他人に尽くすこと。自分はひとりしかいない。後全ては他人なのだから、それを大事にする。

2006年9月29日 (金)

ノルウェーの法制化

薔薇棘の茅野さん勉強会で、ノルウェーの法制化の話題が出た。

ノルウェーでは取締役会のメンバー40%を女性にすることを法制化し、来年までに実現しない場合には罰則も適用されるのだという。

日本の場合は女性管理職もいない現状でいきなり40%女性役員は無理だとは思うけど、それにしても何らかのダイバーシティー推進の法律があるのはいいかなとも思う一方で、

人事をやってて思うのは、労働法などの法律は重要な指針ではあるものの、絶対ではなく、法律+トップのコミットメントさえあれば何でも変えることができると考えるのは大きな間違いで、実はひとりひとりの個人の持つ力は結構大きいということ。

例えば残業時間にしても、管理職でも専門職でもない社員が月あたり45時間以上の超過勤務をすることは現在でも違法だが、違法状態であっても罰則の適用は特になく、あまりひどいケースが告発された場合などに労働基準監督署の検査が入るくらい。

省庁にとって法制化は大変な仕事だろうけれども、それを実際に効力を持たせて施行することはもっと難しい。企業を動かすダイナミズムは法律だけではない。

私の個人的な経験から言っても、特に外資系企業の経営陣は、complianceの観点から、違法状態の超過勤務は何とかしたいと考えて社員にメッセージを出したりするが、中間管理職の中には違う考えの人もいたりして、法律とトップの意思だけではなかなか効果的が上がらないのが実情といったところではないかと思う。

他にも、実は女性の問題とちょっと似てるなと思うことに障害者採用の法律がある。民間企業は障害者雇用率1.8%を実現しなければならず、それができない企業は罰として社名を公表される場合があるということになっている。

このような法律があり、complianceやreputationを重視する私が勤めるような外資系企業では、もちろんそのような社名公表は何としても避けたいと経営陣が考えていることは間違い無いが、だからといって障害者雇用が進むということになはらない。英語が話せて、業界での実務経験も豊富な障害者の方々が労働市場にたくさんいるなら話は別だが、現実はそうではない。

女性役員の%をもし法制化したら、障害者のケースと似たような状況になると思う。

私は絶望的なのではなく、歴史の負の遺産を正直に認めて、障害者にしても女性にしても、労働市場に参加させるためにはそれなりに時間をかけて環境を整えたり、育てるという視点と努力も必要だと考えているのだと思う。そのためにはひとりひとりのマインドセットが変わるという抽象的でソフトな変化が起きなければ上手くいかない。

人のマインドセットが変わるとはじめて、新しい考え方に合わせて環境を変えようだとか、今まで無かったものを育てようという変化が起こる。

2006年9月25日 (月)

茅野みつるさん勉強会

土曜日に「薔薇棘のはなし」で書いた昼薔薇講師は茅野みつるさん。HPに勉強会のきろくをUPした。(http://www.baratoge.jp/meetings/texts/20060923_Chino_Mitsuru.html

茅野さんのことは「人が育つ会社をつくる」(高橋俊介著)で読んで「会いたい!」と薔薇棘MLに書いたらJENの木山さんが紹介してくださった。茅野さんは可愛くて凛々しくてやっぱり素敵な人だった。昼薔薇には薔薇棘お姉さん'sも何人か来て下さったが、みんな素敵で「懐きたい人々」である。

2006年9月23日 (土)

薔薇棘のはなし

薔薇棘(http://www.baratoge.jp/)で別にそう決めているわけではないけど年に一度、毎年秋に行っている、「昼薔薇」というイベントがあり、いつもは夜に大人だけで行っている勉強会のお昼間バージョンで、シッターさんを頼むので、こどもも連れてきていいことになっている。

昼薔薇も今年で3年目で、今年の参加者は大人30数人、こども10数人。こりゃまたすごいことになってきている。

当日手伝おうか?と主催者の友人にメールしたら、参加者の顔を大体知ってるだろうから受付やってと返事が来た。

そうだっけ?と思って参加者のリストを見たら、確かに大体分かる。大人だけじゃなくて、この子は3年連続参加だからラジオ体操みたにスタンプあげたいとか、この子は去年はまだちびちびの赤ちゃんだったとか、以前会ったときはお母さんのお腹の中にいた子までいる。

あまり社交的ではなく、むしろひとりでいることが好きで、その事実を隠す気もない私が、なぜこんなに薔薇棘の皆のことを知っているに至ったんだっけ?と「なぜなにちゃん」な私がまたぼんやり考え始めた。

そもそも薔薇棘には、2003年の3月にJEN(http://www.jen-npo.org/index.html)事務局長の木山さん勉強会に、私は始めて参加した。ふーん面白いことやってるねと思ったが、私の中ではテレビ局の記者をやっている大学時代の友人が主催している、メディアの人達の勉強会という位置づけだったので、私的には薔薇棘は、「彼女のプロジェクト」であると思っていた。

ところが数ヶ月後、彼女から、「何で勉強会に来ないの?」と非常に不満そうに言われ、「何で来ないのか」と理由を聞かれるところから推察して、彼女の中では、特段の理由が無い限り私は参加すべきであるというモラルが形成されているらしいことが感じとれた(笑)。

私は参加してないけど、パンゲア(http://www.pangaean.org/)理事長の森さん勉強会をやっていたのがちょうどその頃で、嬉しそうに「インターネットで世界のこどもたちををつなぐ」というスケールの大きな抽象的なコンセプトを、未整理なよく分からないしかしpassionateなことばで語る彼女はきらきらしており、こりゃ参ったねと思った。私は正直に、「あなたは本当に得体が知れない」と彼女に感想を告げたところ、彼女は不満そうな顔をしたが、多分この「得体が知れない」は、すごく誉め言葉だったと思う。

その次の勉強会が元ニューズウィーク東京支局長のクリッシャーさんだった。クリッシャーさんにご説明するために英語で薔薇棘を紹介するリーフレットを作れないかと彼女に言われ、適当に作文した(←得意技)あたりから、そういえば私は薔薇棘に巻き込まれることになったのだとこの文章を書いていてだんだん思い出してきた(笑)。

メーリングリストを始めたのもそういえばこの頃(2003年11月)で、確か参加者60人くらいから始めた。最初の頃は勉強会のお知らせに使ってたくらいだったが、今では参加者数も当初の3倍を超え、メンバーから何だかんだと毎日数通のメールで情報交換が行われるMLに育ってしまった。

メーリングリストを始めてみると、産休・育休中のメンバーや、そうでなくてもこどもが小さいから夜の勉強会には参加できないメンバーがいることが次第に発覚してきた。彼女たちの発案で、週末のお昼間にこどもと一緒に参加できる「昼薔薇」が始まったんだった。

確か2004年の暮れのことだったと思うが、韓国のテレビ局が薔薇棘の取材をしたいと言ってるが、インタビューに応じてやってくれないかと主催者の友人に言われた。彼女自身は日本のテレビ局の人なんで、会社との関係もあってインタビューを受けることはできないのだと言う。

でも私はそのインタビューは断ってしまった。理由は誤解されることが嫌だったから。女性がキャリアを持ち、今後もキャリアを発展させるつもりでいると、シングルでも結婚していても、こどもがいてもいなくても、いろんな社会的偏見から逃れることは難しい。日本でも「負け犬」なんてことばも流行ったが、持ち上げるにしろ落とすにしろ、私はそういうラベリングは好きではない。韓国のテレビ局が薔薇棘を取材して何を描きたかったのか知らないが、一方的にラベルを貼られてしまうリスクがあるなと思った。

でもその経験が、薔薇棘ホームページ(http://www.baratoge.jp/)をやろうと思うきっかけになった。Offnse is the best defenseで、誤解されたくないから私たちは誰で、何をやってるのか、自分で言った方がいいじゃんと思ったのだった。そして私の薔薇棘への関与はますます深まっていったのだった。そうか、そういえばそうだった、思い出した(笑)。

2006年9月18日 (月)

薔薇棘ページ更新

久しぶりの3連休で、ゆっくりブログが書けるーとウキウキしていたところ、また私のこうるさいinner voiceが、薔薇棘ページ(http://www.baratoge.jp/)の更新が先だと主張するので、8月と9月の勉強会の記録を書いた。

薔薇棘は最近またなんだか加熱してきており、ほぼ毎日複数の投稿のあるメーリングリストもすごいことになってきているが、勉強会も月2くらいのペースになってきている。

8月は夏休みにしようかと主催者の友人と話していたにもかかわらず、当の私が最近本を出版されたジェフ・キングストンさんにお会いしたい!と言ってみたら実現したり、NY在住の滝さんが日本に来てるから、とかの理由で結局、2回勉強会をやることになった。

9月は9月で、これも私が以前にお会いしたい!と言っていた伊藤忠商事コーポレイトカウンシルの茅野みつるさんが、JEN事務局長の木山さんの紹介で講師に来てくださることに決まっていたが、シカゴ大学の山口先生が日本にいらしているから、という理由でやはり別で、緊急勉強会をすることになった。

滝さんや山口先生が、主催者の友人にどこでどう薔薇棘に引きずり込まれることになったのかについては、私は知らないし詮索しない「放し飼い」な友人関係を基本としている。人と人の関係がどのように生まれるのかなんて、詮索してもどうせよく分かららないし、彼女の築く人間関係は昔から特に顕著に私の理解を超えている。

2006年8月20日 (日)

薔薇棘ホームページ

20060820_baratoge 薔薇棘勉強会のホームページ(http://www.baratoge.jp/)をリニューアルした。個人的な諸事情から、今こんなことをやっている場合なのか自分でも甚だ疑問だが、ホームページのリニューアルはwebmasterをやっている限り、やらざるを得ないときにはやらざるを得ず、今がそのときとサイトに要求されるなら自分の都合もヘチマも無い。何とか見られる状況になったものの、今後また少しづつ改善してゆく予定。

なお薔薇棘というのは、変な名前とか暴走族みたいとか、薔薇棘メンバーでないお友達に話すとたいてい言われるが、しかしまあそういう「レディース系」な印象は、大筋間違いでは無いと説明している。

世代的に、表面的には悪趣味で華やかであり、その底流には「根暗な」小理屈が流れていた80年代がわたしたちの青春だったことが影響していると思う。今でも80年代の文化は自分たちの文化だと感じるし、大好きである。

2006年8月 3日 (木)

国家再生 日本復活への4つの鍵 ジェフ・キングストン

20060803_kokka_saisei 著者の考える日本復活への4つの鍵とは、
1. 透明性の向上と説明責任の浸透
2. 「法による支配」から「法の支配」への移行
3. 市民社会の活性化
4. 女性の役割の変化

ワークライフバランス、雇用の機会均等、統治の透明性を当然とする市民社会を構築するには、日本の社会にはまだ課題は多いものの、情報公開法、司法制度改革、NPOや女性の役割が日本のゆっくりとした、「静かな変容」を進行させている。

途上の一歩一歩はわずかで大した効果がないように見えても、それが積み重なっていつか大きな改革や進歩となる。

市民社会の必要性
21世紀は日本人にとって透明性の時代の幕開け。何十年にもわたる運動の末ようやく、情報公開の推進派は説明責任を果たしていない行政となんの咎めも受けていない役人の首を、ゆっくりかつ段階的に絞めてゆく手段を得た。

しかし開かれた政府と情報公開法を支えるのは一般大衆であり、施行を成功させるためには、圧力に屈せず、重大課題から眼をそらさず、集めた情報を効果的にまとめることができる十分に組織化された独立した市民グループが必要。

また情報の開示請求をしたら、それを政策立案過程で有効に活用できる請求者の共同体が無ければ、法律は効果を発揮しない。

1998年のNPO法は、多くの問題をはらんだ法律ではあるが、新しい展開の先駆けとなる可能性も含んでいる。

NPOの今後
NPOの今後について、スタッフ不足や煩雑な事務手続きなど、現在の問題を解決するには、「政治勢力といかに力を合わせていけるか」にかかっている。
政府がNPOを育成するためにできることは以下7つ。
1. NPOの法人化や公的認証を容易にすること
2. 監視の軽減: 法律の単純化
3. NPOの自己統治の促進: 行政の監督の縮小
4. NPOの助成金獲得や入札の奨励: 行政の調達政策の単純化
5. 税制の単純化: 個人による寄付を容易にすること
6. NPOの役割を教える教育課程の組み込み
7. NPOのプロ化の奨励: NPO関連の大学のプログラムへの財政支援

ハンセン病訴訟
賠償金を求める運動に加わった患者のひとりである鈴木氏は、「自分が正しいと信じる行動をとることと、自分の信念を捨てず、それに忠実であり続けること」と、権威に疑問を抱くことの必要性をハンセン病患者の闘いから学んだと語った。

人生をまるごと失ったハンセン病患者には正義などありえない。彼にとっては患者側の主張を認める判決は、自分の信念に忠実でありつづけることの価値を立証するものだった。

鈴木氏の未来へのメッセージは、「日本人は従順で人のいいなりになりやすい。権威に疑問を抱こうとしない。これは私たちの身に起こったことから学んだ悲しい教訓です。・・・次の世代の人々に差別とは、従順であるとはどういうことなのか、よく考えて欲しい。人は、自分がそう願いさえすれば変化を起こすことができる。それこそ日本の民主主義に必要なものなのです」

若者の雇用
中年にさしかかった団塊の世代のサラリーマンの仕事と既得権が守られてきたことによって、若者はよい仕事に就く機会を減らされてきた。

かつては高卒者の領分だった職種は今では大学卒業者に奪われるか、オートメーション化や経営合理化の犠牲となるか、日本よりはるかに人件費の安い海外に輸出されてしまうかしている。求人があるのは賃金が安く昇進の見込みなどほとんどない、パートタイムか臨時社員の仕事というのが一般的。そのようなフリーターは世間を軽蔑してきたかもしれないが、そのぶん疎外感を抱き、自尊心を失い、困窮するという大きな代償も払ってきた。

ワークライフバランス
家庭が仕事を支え、仕事の便宜を図るように強いられてきたシステムから、仕事が家庭の便宜を図り、家庭を支えるシステムへと移行することによって、日本人は自国の社会を大幅に向上させ、より強固なものに育てていける。

2006年7月24日 (月)

世界平和大使人形展

20060723_sekai_heiwa_taishi 昭和2年にアメリカから日本の公立小学校に配られた「青い目のお人形」は戦争時代、敵国から贈られたことを理由に焼き捨てることを命じられました。戦争が終わり、平和な時代になると、焼き捨てることはしのびないと戦時中には隠されていた「青い目のお人形」が、各地で見つかりました。

このことをきっかけに、1979年、世界平和のために、平和大使として日本人形を贈ろうというプロジェクトが始まりました。寄付を募り、人形職人の協力を得て、写真のような日本人形を世界100カ国に贈ったところ、57カ国から返礼として各国の人形が贈られました。そのお人形たちのお披露目の会が下記のように行われます。

20060723_sekai_heiwa_taishi2_1世界平和大使人形展
日時:8月18日(金)~20日(日)
場所:ギャラリーくぼた(中央区京橋2-7-11) 
←地図はこちら(クリックすると拡大します)
問合先:ハートフル株式会社 03-3538-2561


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Personal Comments:

このプロジェクトは、薔薇棘勉強会(http://www.baratoge.jp/)7月講師の、女子教育奨励会理事長の木全ミツさん(http://www.jksk.jp/j/aboutus.htm)にご紹介いただきました。

薔薇棘勉強会も勉強してるだけじゃなくてアクションを起こしなさい!と檄を飛ばされ、「お手伝いして欲しいプロジェクト」としてご紹介いただいたのが、園田天光光さんが設立準備委員会の会長をされている「平和大使人形の館」と、松井久子監督が「ユキエ」「折り梅」に続き、第三作目として準備している、彫刻家イサム・ノグチの母、レオニー・ギルモアの生涯を描いた映画でした。

上記人形展は「平和大使人形の館」の実現に向けて開催されるものです。
館には人形たちを展示するだけでなく、こどもたちが交流する場や、劇場も欲しい!というのが園田天光光さんの構想だそうです。

写真の日本人形は百貨店で購入すると、一対50万円もするそうですが、人形職人の方を訪れ、事情を話したところ、「一生の仕事としてやらせて欲しいので、材料費だけは負担して欲しい」と言っていただき、募金で材料費を集めたそうです。

ふたりが帯からぶらさげている「パスポート」が健気でキュート。

他にも100カ国の中で唯一、平和人形を贈ることが躊躇されたイスラエルに、それでもやはりお人形を贈ったところ、一番早く返礼があったという話も印象的でした。イスラエルのお人形は、皮袋に荷物をまとめ、戦火を逃れる格好をしていたそうです。

2006年7月23日 (日)

JENの「ブック・マジック」

20060723_jen JEN(http://www.jen-npo.org/)は世界各地で紛争や自然災害などにより厳しい状況にある人々へ、支援活動を行う国際協力NGOです。

「ブックマジック」とは、不要になった本やCDをダンボール箱に詰めると、ペリカン便に送料無料で引き取られ、ブックオフに買い取られて、買い取り額がJENに寄付されるという仕組みです。個人でも、会社でも、学校でも参加できます。

「ブック・マジック」の詳細は↓
http://jenhp.cocolog-nifty.com/supporter/cat6137385/index.html

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Personal Comments:
JENは去年の年末、初めて私が寄付をしたNGOです。それまでも国際協力の団体に寄付をしてみたいという気持ちはあったけど、自分の不勉強もあって、寄付をしたお金がどんな風に使われるのかもよく分からず、それなのにお金だけ出すことは躊躇されました。

去年の年末は、JENの事務局長である木山さんが日経ウーマンのWoman of the Yearを受賞され、そのことをお祝いする意味もあって薔薇棘勉強会でまたお話をしていただきました(そのときの記録は→ http://homepage1.nifty.com/ayaeda/baratoge/meetings/texts/20051208_Kiyama_Keiko.htm)。

日経ウーマンのWoman of the Yearについては、選考過程のサーチなどについて野村編集長からお話をうかがったことがあったこと、また勉強会で木山さんにお話いただいた内容から、寄付をしよう!と決めました。

個人的な寄付なんで全然大した額ではないんだけど、木山さんは私の寄付に気付いてくださり、以来JENのメールマガジンやニュースレターを送付していただくようになりました。JENの活動のアイデアや、活動の内容を伝えることにかけているエネルギーにはいつも感心します。

NPO法人かものはしプロジェクトの「帯プロジェクト」

20060723_hirocoledgeobi 「帯プロジェクト」とは、カンボジアの児童労働の問題を解決するため、職業訓練事業を行っているNPO、かものはしプロジェクト(http://www.kamonohashi-project.net)が、ファッションデザイナー、hirocoledge(http://www.hirocoledge.com/)と共同で、カンボジア伝統のカンボジアシルクで日本の伝統である浴衣の帯を仕立て、販売するという社会貢献プロジェクトです。

販売の収益は、カンボジアの職業訓練所で働く女性たちが貧困から抜け出し、自立して生活するための支援に使用されます。

「帯プロジェクト」については↓
http://www.kamonohashi-project.net/know/obi.html

いくらなの?購入したい!という場合は↓
http://www.kamonohashi-project.net/know/to_buy.html

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Personal Comments:
最近、薔薇棘(http://www.baratoge.jp/)のメーリングリストに優秀な20代のワカモノを取り込もうとしているらしい勉強会の創始者(=私の大学時代のお友達)に依頼され、登録させていただいたのがNPOかものはしプロジェクト代表理事の村田早耶香さん(http://www.kamonohashi-project.net/know/people/2004/07/post_2.html)でした。村田さんは日経ウーマン「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2006」のリーダーシップ部門第10位を受賞されました。

メーリングリスト登録の数日後、村田さんがメールを下さり、かものはしプロジェクトのウェブサイトのURLを教えて下さったので会社のお昼休みに読んでいたら、感動して泣けました。会社なのにやばいやばい。

その彼女がメーリングリストの投稿で、「帯プロジェクト」について、「ご自身が記事を書いていらっしゃるメディアやWEBサイトにて、私たちが取り組んでいるプロジェクトについて、掲載していただけましたら幸いです。」と書いてくださったので、

なるほどWebでもいーのか、ワカモノの考えるPRの方法は柔軟にして新鮮であると感心し、私のブログでも紹介させていただくことにしました。またこのブログでも「projects I support」というカテゴリを作って、これはいいかも!と思った社会貢献プロジェクトを勝手に紹介するということを思いつきました。

2006年6月15日 (木)

雇用システムと女性のキャリア 武石恵美子

男女雇用機会均等施策や両立支援など、働く女性のキャリアを支援する政策のもとで、女性のキャリアの展開の制約条件は緩和されつつある。90年代を通して女性は労働市場にとりこまれやすくはなったが、内部労働市場(各企業内)の基本的な構造に変化は無かった。

一方で、拡大する非正規労働者は、正規労働者との賃金格差の問題をはらんではいるものの、基幹労働力化した非世紀労働者に対する処遇条件の改善が進むなど、新しい変化も見られ、正規労働者のキャリアに近づいている。

これらの変化を総括すると、従来と比べて女性の能力発揮の機会は広がり、キャリア展開の可能性は広がってきた。しかしこのような変化によって変わったのは、男性と同様に長期勤続を前提にキャリア形成をめざす女性たちに限定されている。

男女雇用機会均等施策、両立支援、非正規労働者の処遇改善はしかし、取り組みが進んでいない企業がマジョリティであり、働く人の変化をふまえて雇用システムを誘導する政策が必要。日本の女性のキャリアの特徴であるM字カーブは依然として存在する。

従来の男女雇用機会均等施策や両立支援は、女性についても男性性社員のキャリアをモデルにしていたが、これらの政策によっても女性のキャリアに大きな変化がみられなかったのは、多くの女性にとって、男性のキャリアがめざすべきモデルとはなりえなかったからではないか。

90年代以降就業形態の変化は顕著で、失業率をみると女性より男性の方が高い。企業は従来のように長期雇用を前提とした男性性社員を雇用し続ける体力を失ってきており、男性優位の労働市場に変化があらわれ始めている。従来の雇用システムにはまた、内部柔軟性への依存が高いために長時間労働が恒常化したり、いつ転居をともなう転勤が発生するかわからないといった問題につながりやすかった。

戦後日本企業は、多元化していた内部労働市場を強力に単一化し、それを通して生産性向上と成長を獲得したが、同時に終身雇用と年功制の対象層が肥大化するという大きな重荷を背負うことになった。この集団化のコストを解消するには、企業内の労働市場の多元化の必要があり、そのためには現在二極化している正規労働と非正規労働に連続性をもたせ、労働者層の編成を多元化してゆく必要がある。課題は仕事の配分に応じた非正規労働者への処遇の実現と、正規労働に転換できる仕組みづくり。

正規労働の雇用を守り、その緩衝材の役割を非正規労働者に求めていくのは働く者にとっても、組織にとっても合理的とはいえない。

両立化支援策につては、小さな子どもをもつ女性労働者の問題に矮小化すると限界がある。アメリカでのワークライフバランスの展開は、子育てをしていない従業員の仕事と生活の調和を図りたいというニーズが顕在化したことから起こった。ワークライフバランスは自己啓発のためにも必要。近年の長時間労働の拡大は問題で、放置すれば働く人の意欲が減退する。

これまで日本の社会は女性が働かないことを前提とするさまざまな制度が支配してきたが、女性が働くことを前提にした社会システムに転換してゆくことによって、女性のみならず男性にとっても、多様な働き方の選択肢が拡大することにつながる。

2006年5月 7日 (日)

Control Yourself

人の思考というのは放っておくと、ネガティブな方へ、ネガティブな方へと傾くのだそうだ。最近ともだちの読んだ自己啓発本(ナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』きこ書房)にそう書いてあったと聞いてなるほどなと思った。

だって本当にそうなんだもん。仕事が忙しくなると、いつも、「できないのではないか」というような考えが頭をよぎる。事実は、大抵のことはやりゃーできるのに、この思考と現実のギャップは何なんだろうということは、4月4日にも「イメージング」というタイトルで書いた。

その本によると、ネガティブな方に傾く思考は人間の防衛本能で、危険を避けようとしているのだという。だからポジティブな思考をするためには、自分をコントロールしなければいけない。

最近読んだ「会社人間が会社をつぶす ワーク・ライフ・バランスの提案」の中にも、以下のような記述があって注目した。

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恐れとは、やらないための言い訳である。「これはできない」とは言わずに「やる」のか「やらない」のかをハッキリさせる。「やる」のなら「できる」と信じる。今のままじゃできないのなら、どうやったらできるかを考える。「やるべきだ」「やりたい」と自分をコントロールしていく。怖いと思っていることを実際にやってみる。もし一つの方法がうまくいかないときは創造的に他のやり方を考える。失敗を考えることにエネルギーを使わずに、同じエネルギーで成功することを考える。すべて完璧にやろうとせず、失敗から学んで成長する。
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ネガティブに傾く思考は放置しない。リスクを測ってどうするか決めたら、思考はポジティブな方向にコントロールして、決めたことに従って行動する。

2006年4月 2日 (日)

日本の、これから「男女平等参画社会」

昨日放送された「日本の、これから」にはディレクター、記者、アナウンサーなどNHK薔薇棘メンバーがプロジェクトチームに多く、その中のひとりのディレクターから頼まれて私も番組のアンケートに事前に答えていた。もう番組は終わったからHPで公開しても大丈夫と思うので私の個人的な記録としてここに残しておく。

あわただしい中で答えたアンケートなので、今思えば質問の内容を一部誤解しているようなところもあるけれども、とりあえずそのまま。

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Q1.日本社会は男性と女性が平等な社会だと思いますか?
私の答え→ ②「男性が優遇されていると思う」

政治や経済など、民主主義や資本主義といった社会の根本をなす仕組みの中で意思決定を行っている多数が男性なのだから、現段階では、自分自身を含め、個人がどのような経験をしていようとも、一般的には男性が優遇されていると考えるのが自然ではないかと思う。

私自身が、女であることを理由に大した不利益をこうむった経験が個人的に無いという事実だけに基づいて、日本社会は男性と女性が平等であると考えることのできる状況には無い。

Q2.働く女性の7割が出産を機に仕事を辞めています。このことをどう思いますか?
私の答え→ ①「問題だと思う」

出産を機会に仕事を辞めたくて辞める人については何の問題も無いけれども、こどもを持っても仕事を続けることを本当は望んでいるのに、辞めざるを得ないと感じている女性がいることは問題で、社会的な解決があった方が望ましい。確かに出産は個人的な選択であって、その選択をするにあたり個人が責任をとる必要があるということも当然だけれども、仕事を続けたいと望んでいる女性に過剰な負担になっていることについては、もう少しバランスのとれた社会的に認知された選択肢があった方が望ましい。

Q3.男性は育児や日常の家事を充分やっていると思いますか?
私の答え→ ③「まったく不十分」

うちの母はよく、父は私のオムツを一度もかえたことがない、と言っている。最近でもよく、男性が家事を「手伝う」とか、育児に「参加する」という表現を聞くけれども、なぜ男性が家事をするときには「手伝い」で許されるのか、育児に単に「参加」するという消極的な態度が許容されているのかが理解できない。自分が生活してゆくために必要な家事を自分ですることは手伝いではなく、本来自分の仕事と考えるべきだと思うし、自分のこどもを育てるのは親として当然の義務だと思う。

Q4.男性が家庭を顧みない理由として、よく仕事が忙しすぎると言われます。このことをどう思いますか?
私の答え→ ②「言い訳に過ぎないと思う」

どっちでもいいような理由でいつまでも会社にいる、小さなお子さんのいる男性社員などを見ると、他人ごととはいえ、早く家に帰ればいいのにと思う。さらに飲み会などで、2次会などにも積極的に参加している態度には、正直呆れる。家で奥さんがどんなに大変か分からないのだろうか。

Q5.今後、仕事と家庭(子育て)を両立しやすくするために、国や自治体はどんなことをするべきだと思いますか?

仕事と家庭の両立ができるようなライフスタイルの確立については、個人の選択と、それを許容する文化の確立といった、法律や制度の立ち入ることのできない領域の問題が大きく、国や自治体だけに頼ろうとするのはなかなか困難ではないかと思う。
例えば、超過勤務の例で言えば、大抵の企業は現在でも月間45時間以上の残業は違法なはずだけれども、そんなことを気にする企業も個人も現実にいないし、罰則を適用することもできないのが法律の現状といったところではないのか。
法制化と規制といった罰の方向ではなく、有効な両立支援をしている企業にインセンティブを与えるといった方向性を考えた方が、発想が広がるかもしれない。

Q6.「男は外で働き、女は家を守るべきである」という考え方をどう思いますか?
私の答え→ ③その他「状況と個人の選択による」

「男は外で働き、女は家を守るべきである」という固定的な考え方では、個人の選択の幅があまりに狭く、過度な場合には基本的人権の侵害になると思う。また現代のような変化の多い時代を生きてゆくには柔軟性に欠け、リスクが大きいと言わざるを得ない。男性が必ず家族を養えるだけの収入を安定的に稼げるという保障はどこにも無い。

Q7.結婚後20年以上たった夫婦の離婚、いわゆる熟年離婚が20年前の4倍にも増えています。男性女性どちらの側に主に責任があると思いますか?

どちらの責任と言うことはできない。離婚は夫婦の問題で、夫婦の問題は両性の問題と考えた方がいいと思う。さらに個人(個々の夫婦)の問題だけでもなく、家を顧みることなく会社に奉仕する働き方を当たり前とするようなライフスタイルが一般的であった過去から受け継いだ社会問題であるとも言えると思う。会社に滅私奉公してきた男性は家庭的なコミュニケーション・スタイルというのがどのようなものだか理解できておらず、それが夫婦の問題を深刻にしているけれども、これを単純にコミュニケーション下手な個人の問題とのみ考えることができるのかどうかは、微妙だと思う。

Q8.男性の方に、家庭あるいは職場で、「これを言ったら、女性と気まずくなったり、けんかになった」という言葉(あるいは行動)を教えてください。
女性の方に、家庭あるいは職場で、「これを言われて、嫌な気分になったり、けんかになった」という男性からの言葉(あるいは行動)を教えてください。

男性の自尊心を傷つけるようなことを口にすると関係が上手くいかなくなる。つい本音を言ってしまうようなパターンが危ない。
また、親切のつもりで自分の経験に基づいてアドバイスをすると、劣った存在と見られたととらえて気分を害する男性もいるらしい。
話しかけるタイミングというのもあり、男性は自分が何かしているときに話しかけられるのを嫌うように思う。唐突に話を聞いて欲しい、と主張すると上手く行かないことが多い。
感情的な言い方、持ってまわったような言い方も男性には上手く伝わらない。

Q9.男性の方は、「世の女性に言っておきたい」と思うことを自由にお書き下さい。
女性の方は、「世の男性に言っておきたい」と思うことを自由にお書き下さい。

女性よりも全ての面で優れた存在でいたいという無理は望まない方が気楽だし現実的だと思う。女性であってもいい所、優れた所は認めた上で頼ることのできる男性の方が、余裕のある人に見える。

日本の、これから「男女平等参画社会」2

番組についての薔薇棘MLへの私の投稿
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こんばんは。MLかんり人です。

番組見たよ。NHKのプロジェクト・メンバーの皆様はお疲れ様。「日本の、これから」は毎回本当に難しい問題に果敢にチャレンジしてるよね。そうやって難しい問題に、ちゃんと挑んでいる皆さんを、毎回すごいなと思って見てます。本当になんか、その仕事に対する姿勢には頭が下がるよ。

番組のテーマの「男女平等参画」っていう言葉が最初から曲者だよね。

いつも思うんだけど、「平等」だの「公平」だのっていうのは理想的な概念であって、現実では無いよね。自然とは不平等で不公平なものでしょ。

ただし、そういう不公平で不平等な状態を見て、それではいけないと思って、何とか平等で公平な状態に近づけよう、っていう努力っていうのは、現実に有り得るし、平等とか公平とかの理想っていのは、それを求めて、それに近づけるプロセスを実行している人の心の中では真実の存在であって、決してキレイ事とか単なる理想論だとかいうのでは無いと、昨日ジムで走りながら考えていました。

これが平等と公平の難しいところ。現実を見て、ぜんぜん平等じゃないじゃん!とただ文句を言ったり、現実ってそんなものだから仕方ないと諦めてしまってはダメで、絶えざる努力の中にしか、平等は存在しないっていうか。

これは日本の男性と女性のあり方だけのことじゃないけど。

昨日の番組の中で、女性は労働者として価値が低いだの、頭の悪い奴は全員死ねばいいのにとしか言いようのない暴言を繰り返していた一部の男性がいたことは、正直、驚きました。ああいう発言って社会全体としては、まだそれほどpolitically incorrectであるとは見なされていないのかな?

やっぱり政治家とか経営者とか女性のリーダーがもっと増えないとバランスが悪いですね。組織の中の薔薇棘メンバーはみんな出世するのよ!(私は無理だから・笑)

2006年3月30日 (木)

インディでいこう!

20060521_indy 薔薇棘勉強会HP(http://www.baratoge.jp/)のMeetingページに、2月の勉強会のきろくを書いた。

講師はJPモルガン証券株式調査部ヴァイスプレジデントの勝間和代さん。勝間さんは証券アナリストの本業より、コミュニティサイト「ムギ畑」(http://www.mugi.com/)だとか、最近の著作「インディでいこう!」でむしろ知られているのかもしれない。

お話をうかがって1ヶ月以上経った今、ずっしり感じ始めているのは、「明日からできること」で教えていただいたことの重み。これができたら本当にすごいなと思う。

「インディでいこう!」は勉強会の課題図書になっており、勉強会に先立って私が薔薇棘MLに投稿した内容を記録としてこちらにもUPしておく。

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こんにちは。MLかんり人です。ちょっとお久しぶりに投稿です。

17日勉強会の課題図書、「インディでいこう」とても面白く読ませていただきました。

この本にあった、「アサーション」のような、全て諦めて相手の言うとおり受け入れてしまうのではなく、かといって自己主張に偏って攻撃的というのでもない、相互性のあるコミュニケーション・スタイルというのは、私は個人的には本当に課題で、習得すべく現在修行中でございます。

最近は、「やばい、私またやってるよ」と思うと、それ以上その方向には進まないで軌道修正すべく、立ち止まって考えることくらいはできるようになりましたが、まだまだ未熟で危なっかしい状況です。

本にも書かれていた、「特に女性の場合、アサーションのようなコミュニケーション・スタイルを教えてもらえる機会はほとんど無い」というのは私も実感として感じます。女性の場合、特に20代を、どのようなコミュニケーション・スタイルであっても、周囲のオジさまを中心とした男性達に甘やかされて過ごしてしまうように思います。

男性だったら許されないような無礼な言葉や態度の数々も、「女の子」だとなんか、彼らにとっては問題にならないみたいで、まるで娘か年の若いガールフレンドをあやすように、こちらのヒステリックな発言も、「よしよし」トーンで包まれて事なきを得ます。こちらも、その安定した、成長は無いけど楽な関係に甘んじていた部分も多分にあったと感じます。

この楽な世界が崩壊したのが、私の場合は30代になってからで、数年前に初めて、年下のイギリス人男性上司と仕事をした時でした。彼は有能な人でしたが、年が若いから当然いろいろな意味で仕事の経験は浅く、海外で仕事をするのも初めてでした。

私の生来のはっきりした物言いに彼はビビりまくり、私は彼をサポートしてあげたいと思っていたのに、なぜそんなに恐がられるのか理解できませんでした。ピープル・フォーカスよりタスク・フォーカスの強い私のアドバイスは、彼には全て反抗的発言もしくは批判と聞こえてしまったようでした。

若い彼には、私を「よしよし」する余裕は無く、かえって私がナーバスな彼を「よしよし」してあげなければいけなかった(笑)のかもと今では思いますが、当時は突然の形勢逆転に、私も対応することができませんでした。

彼と仕事をしたのはわずか1年足らずで、一緒に仕事をしている間は理解されず、何を言っても生かしてもらえず、辛い経験でしたが、今思えば、あれが自分のコミュニケーション・スタイルを変えようと思う転機になりました。私が彼の才能を生かす存在になれなかったことを、全て私が悪いと考えているわけではありませんが、当時の私のコミュニケーション・スタイルが未熟なものだったことは認めざるを得ません。

以来、自分より年が若く、しかし才能溢れる人々は私の周囲で男女を問わず増え続けています。私のことを余裕を持って見守って下さる経験豊かな年上の方々だけでなく、いかに自分より若く未経験な人たちともインターフェースを保って、彼らから学ぶことができるかが、自分の成長の鍵をにぎっているような気がしています。

それでは17日の勉強会を楽しみにしていますー。

2006年3月29日 (水)

「ビジネス・ゲーム」 ベティ・L・ハラガン著 福沢恵子・水野谷悦子共訳 2

この本は薔薇棘勉強会2月講師のムギさんこと勝間和代さんが影響を受けた本としてMLで紹介されたことでML内で話題になった。この本を翻訳された福沢恵子さんも薔薇棘メンバーだったこともあり、皆で大いに盛り上がった。

この本は「ビジネス・ゲーム」として出版され、数年後に「会社の掟」とタイトルを変えて同じ名前で出版されたが、現在は残念ながら絶版で、アマゾンでも中古でないと手に入らないらしい。

私は勉強会でたまたま福沢さんの正面に座っていたため、「薔薇棘文庫」として2冊ご提供いただいたこの本のうち、1冊を最初にお借りすることができた。去年11月に日経WOMANの野村編集長に「働く女性の24時間」をいただいたのも、やはり勉強会で向かいに座っていたからだった。やはり「いいにおい」のする人はすべからくそばに行ってみるのが良い。

MLで盛り上がったときに私が投稿した内容を記録としてこちらにもUPしておく。

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本当に面白い本ですね!
私が思ったことは主に2つあります。

ひとつ目は、この本が指摘しているような組織的な視点は、どんなキャリア希望を持っているにしろ、組織に働く全ての人が知っていた方が絶対に特だということ。特に、組織で評価されるのは、必ずしもパフォーマンスの高い個人、高品質の仕事をする個人ではないということを、こういう風にはっきりと教えてくれる本は貴重です。

「成果主義」って言葉は、実はまぎらわしいと私はずっと思っていました。会社って成果を上げれば認められるという単純な世界では無いですよ。この言葉にだまされるとズル人たちに使われちゃうかも。どんなにパフォーマンスが高くても構造的に評価されない人口は組織の中にいるのは事実です。

私は2年くらい前に、当時本部長だった役員に、わざわざ部屋に呼ばれて「説教」されたことがあるんですけど(笑)、その内容はまさにこの本の教えるところだったと思います。その時私が言われたのは、

(私の)仕事のスピードが他の人と違うことを気にしている。できてしまうから心配だ。ひとりで仕事をするな。周囲のパフォーマンスを上げられるような存在になれ。周囲を巻き込んで、飛び石効果の出るような仕事をしろ。物事は言い切ると誤解されるからコミュニケーション・スタイルを変えた方がいい。相互性のあるコミュニケーションを身につけて相手を納得させて一緒に仕事をしろ。

ということでした。ありがたいアドバイスだったと思いますが、忙しいのに何を考えてわざわざ部屋に呼びつけて私にこんな説教をしたのかは未だに不明です。特にコミュニケーション・スタイルについてはこの時以外にも、同じようなことを何度か言われました。曰く、

「つまり、こうですね」と決して自分から言い切るな。常に相手に「こうですか?」と聞いて、相手に言わせ(て相手の責任にし)ろ

と。彼は組織を生きるエリートだったなと思います。

上記の「説教」のときに、言われたことと、この本の関係で言いますと、この役員は、私の上司である女性のことを指して、「彼女も同じだ。できてしまうから心配だ」と言ってました。安易なステレオタイプは危険にして無意味だとは思いますが、女性は個人のパフォーマンスに拘りがちな傾向がある、または、周囲からそう見られやすい、ということは、この本も指摘するところですが、あるのかもしれません。この辺りは、反論も含め、他の方のご意見もぜひ聞いて見たいところです。

もうひとつ、私が思ったことは、とはいえ、このようなエリートな・上昇志向のものの見方は、当然ですが全てではない、ということです。組織の論理、ゲームの理論に偏重するのもリスクがあるんですよね。

例えば、組織が安定成長している間は組織の中で上手くやる、エリートなプレイヤーは重宝され、昇進もできるかもしれませんが、あんましそーゆーポリティクスばっかしやってると、組織が大きく変わる時とかには、あっさりお払い箱になるリスクもあることを指摘したいと思います。組織の風向きって結構変わるときは変わりますからね。

一方で、あんまし出世してなくて、政治にもあんまし参加しないハイパフォーマーというのは、実はジョブセキュリティーはすごくあるんです。本当に仕事やってるのは誰かというのは、実はみんな知っていて、組織がどんな風に変わってもニーズがある。

だからパフォーマンスとポリティクスのバランスというのも大事でしょうね。

ジョブ・セキュリティー以外にも、個人の「ハッピネス」という要素もあって、私なんかは組織でどう評価されようと、人生overallで幸せな人の勝ちじゃん、って思ってますけどね。2002年にノーベル化学賞をとった田中耕一さんの、「生涯一エンジニア」とか、まじで素敵だと思いました。出世が何だ(笑)。人に媚びず富貴を望まずという人生も当然アリです。

でも、この本は超オススメですよー!
特に薔薇棘メンバーのようなハイパフォーマーでしかもキャリアもある程度つみ、仕事についてご自分のお考えをお持ちの方々には本当に読んで欲しい!過激で痛快。次に読みたい人は私にメールを下さい。ご自宅もしくは職場に送りつけて差し上げます。

2006年3月21日 (火)

ビジネス・ゲーム ベティ・L・ハラガン著 福沢恵子・水野谷悦子共訳 1

自分の目の前の仕事だけに注意を向けるのではなく、組織のピラミッドの中で自分の位置を客観的に知らなくてはならない。組織の中で働くことは、常に周囲と競争すること。ひとりで完結するより周囲を観察する。そして周囲からどう見られているか的確に知る。

「やりがいのある仕事なら昇進なんてどうでもいい」、「収入より能力を生かしたい」という考えはあぶなっかしい。

スポーツなどに慣れた男性にくらべて女性は競争に不慣れだが、企業の中のゲームに勝ち残るためには、仕事をこなす能力以前に、状況を判断できる力、情報を収集する力が必要。

組織の中では、上司(権威)を敬い、口答えすることなく、従順に振舞わなくてはならない。上司の人格や能力は関係ない。ヒエラルキーの構造は抽象的かつ非人格的にできている。オフィスの中では効率より秩序優先。直属の上司を飛び越えて相談などしない。

直属の上司を操って、自分に有利になるように導く。それが難しい場合は転職も考える。

自分に与えられた機能や責任の範囲を越えて仕事をしてしまうことには十分慎重に。組織の中では「自分の仕事」をすることこそが大切。自分のやるべきことをやらずに他のことにまで手を出しても決して成功にはつながらない。「劣ったプレイヤー」とみなされるだけ。女性は、必要以上の責任はしょいこまないよう注意。便利屋さんにならない。雑用をたのまれたらおそろしく不器用にこなす。

会社では必要以上にたくさんの仕事をこなすと仕事の相対評価は下がる。8時間のうち、真面目にやるのは2時間くらいにしてあとはいいかげんに働き、会社から仕事の量を増やせと言われたら残業代を稼ぐ。余計な仕事は引き受けない。どんなに雑事をやったところで会社はその評価はしたがらない。

秘書的な仕事はピラミッドの外に位置していてそもそも競争のゲームに参加できない。

スポーツマンは「負けても必要以上にがっかりしない」ことをトレーニングする。失望、落胆、困惑、非力、批判にどう対応するかを学ぶことは人生の上で欠かせない技術。

少年たちは仲間に協力することを、ゲームを通じて学ぶのに対し、女性は自分のキッチンに他人がいることに我慢ならない。

男性は女性を、母親、姉妹、妻、娘、もしくはガールフレンドか娼婦のいずれかにあてはめなければ相手を認識できない。そうであれば、会社では娘か母親の役割になるのが安全。娼婦は尊敬されない。相手の頭の中にあるステレオタイプを利用して自分に有利な人間関係を形成する。例えば、男性は娘や母親になら会社の機密も話す。

会社で昇進すれば様々な可能性があり、楽をしてたくさんの収入とパワーを手に入れることができる。

組織で欲しいポジションを手に入れるために必要な資質は、忍耐強さ、周到さ、そして周囲の状況を正しく見極める力。

自分のやっている仕事を管理職の視点で客観的に眺めて、どれが会社にとって重要か考えることをキャリアの足がかりとする。たくさん仕事をすればいいのではない。

スペシャリスト(人事、法務、財務)よりライン(営業、生産)に昇進の機会がある。

同世代の女性の同僚とは手を結んでお互いの弱点を補い合う努力をする。非協力的な人は放っておけばそのうち脱落してゆく。

昇進した男性はどのような行動をとったか、昇進を望んでいる男性はどのような行動をとっているかを見る。

「やりがいのある仕事」を求めて転職してもムダ。キャリアとは仕事を続けてゆくこと。やりがいを求めて目の前の可能性を捨ててしまうのはもったいない。

自分の会社の社長はどのようなことを優先しているか、女性の登用についての考えはどうか?登用されない会社なら見切りをつける。

エキスパートになりすぎることは決して仕事の可能性を広げない。常に不満を述べて、異動できるよう働きかける。うるさがられても、自分の欲しいものを手に入れた方が結局は勝ち。

組織のシンボル(例えば制服、役員用の食堂など)は決して馬鹿にしてはいけない。使える特権はできるだけ有効に使う。

与えられた仕事をすばやくこなしながら、必要以上にイライラせず、安定した精神状態でいること。

仕事のファイルは自宅に保管し、転職のときの資料とする。

社内のメモは内容よりどう回覧されるかに注目する。不快な内容のメモには一切反応しないで放っておく。

家事を誰かに任せるなら妥協する。任せるからには小さなことには目をつぶる。

アサーティブであるとは、自分の欲しいものはしっかりと手に入れ、しかも相手に反感を与えないこと。毅然と行動するが、周囲の脅威とはならないことをアピールする。

管理職になったら、自分自身がどうであるかよりも、周囲の状況に通じていることが何よりも大切。自分がいかに頭がよくて有能であるかを見せつけるようなことはしない。それより部下が何を考えているか知る。

本当のところ、ほとんどの仕事は同じことの繰り返しでつまらない。仕事に興味を持ちつづけるには長期的な目標を設定して働き続けること。仕事をゲームと考えることができれば、一見繰り返しのように見える仕事もそれなりに興味深い。

2006年1月 3日 (火)

「妹たちへ」日経ウーマン編

20060521_imoto 池田理代子(劇画家・声楽家)
このところの打ち続く不況で、人々が夢を持てなくなっているなどということが言われる。しかし、私は思う。
不況のために、お金がないために持てないというような夢など、所詮はお金で買える夢に過ぎない。
夢とは、本当は志の高さなのではないだろうか。だからこそ夢は美しく尊いのだ。

小池真理子(作家)
自分から目をそらさず、自分自身を見つめる強さがあってこそ、人は人間として深みを増す。何をしたか、ではない、何をどう見つめ、どう考えたか、なのである。そうやって見てみると、年錬を重ねても美しい女性にはおしなべて、その種の静かな強靭さがあることに気づかされ、私もまた、そういう人たちによって励まされ続けてきたことを思い知るのである。

幸田真音(作家)
ビジネスの現場で成功する秘訣は、「ユーズ・ユア・チャーム」。

プレッシャーを楽しむこと。「ハヴ・ファン」。
パニックになると全体が見えなくなる。
忙しければ忙しいほど、状況が困難であればあるほど、「Have fun!」

潮谷義子(熊本県知事)
リーダーとして、まず最初にするべきことは「傾聴」だと思います。

自分の欠点を意識すること。それがリーダーの必要条件ではないでしょうか。自分の限界を知ることは諦めではなく、万部ことの始まりだと思います。

垣根をこえた連携によって専門と専門がハーモニーを醸し出す。それが大事なのです。

(施設のこどもは、自分の価値観で判断するのではなく、その子が入所したいきさつを理解し、子どもたちは十分がんばってきたことを理解し、愛や信頼を伝える。部下にも同じ。)

RUMIKO(メイクアップアーチスト)
アイデアが閃くのは、シャワーを浴びているときとか、夜寝るとき。だからシャワーの横とベッドの脇には、思いついたときにいつでもメモできるように、ノートを常備してあります。

南場智子・ディーエヌエー代表取締役社長
(起業して年収は激減、起業した翌年には貯金ゼロになり、実家への送金も滞った南場さんに、お父様からの手紙と小切手が届く。)

「陣中見舞いとして贈呈
私生活の貧乏は貴重な体験としてプラス思考で真摯に処されたし。
間違ってもお金のことで公私混同しない事。
生き甲斐は処した困難の大きさに比例する。
父より」

(このお金で南場さんはご両親への送金を再開された。)

宇津木妙子・アテネ五輪女子ソフトボール監督
私のノックに女の涙は通用しない。もうダメと本人が根を上げるところから追い込んでやることで、本人が勝手につくっている限界のレベルが上がっていくと信じている。もう少し頑張れば届くところにノックを打ち続けてやると選手は成長する。

グラウンドであれだけ厳しくやらせてもらっている以上、私は勝ったときは選手のおかげ、負けたときはそこまで選手にやらせておいて、勝たせてやれなかった監督の責任だと思っている。

ソフトボールという競技は、どんな体型の人でも活躍できる機会が等しく与えられる競技だ。・・・チーム内での自分の役割を理解させた上で、自分の欠点を得意なところでカバーできるように育ててやれば、その選手ならではの持ち味を十分生かしてやることができる競技なのである。

(日立製作所の高崎工場のコーチとして)選手以上に走り、一分間に四十本のノックを打ち、体を張って選手たちとの勝負に挑んだ。女性が監督を務めたのは実業団では初めてだった。男性からは「監督業は女には無理」と嫌がらせも受けたが、私には理想と信念があった。男性の監督のように、でんと座ってタバコをくゆらしながら選手に指示を出したりはしない。「よくやるよ」といわれながら、いつも率先して動いた。高い目標を掲げても、リーダーが情熱を持ってそれに挑戦していなければ、部下は動かない。

(体調の悪い選手には、他の選手から特別扱いに見えないように、小さなミスを強く叱ってみんなの前で立っていろと一喝し、休ませる。)もちろんそんな真意は選手には分かるはずもない。監督に腹を立て、いつか見返してやると思ってくれれば、それでいい。物分りが良く、いつも優しい監督のもとでは、ひ弱な選手しか育たないのだ。監督をしているときはすかれなくていいと腹をくくっている。やるか、やられるかの緊張感の中で全力を尽くしているうちに、人はタフな強さを得て、成長してゆく。

スター選手ほどきちんと叱ってやらなければいけない。周囲がちやほやして、何も言わなくなると、どんなに優れた選手でも伸び悩んでしまうときがくる。叱って、追い込んでやらないと、もう一段上の力は出てこなくなるのだ。

人と比較するな。大切なのは自分を出し切ること。

ソフトボールを一生懸命頑張ったおかげで、今がある。すべてのことに感謝したい。

「下流社会」 三浦展/著 光文社

■幻のミリオネーゼ
「働く女性の24時間」でも、年収1000万円以上は働く女性全体の0.4%というデータに衝撃を受けたけれども、「下流社会」でも、ミリオネーゼという分類はいちおうされ、その実在は確認されてはいるものの、本に使われているデータでは、クラスタとして数字に現れないほどの存在であることを、また驚きとともに読んだ。

そうだとすると、今まで私は大きな勘違いをいくつかしていた。

ひとつは、ちょっと前に流行った、それなりにキャリアを持ってお洒落なシングルライフを謳歌している「負け犬」像は、実在はするものの、現代女性の多数を代表する存在とはとても言えない、ということ。

もうひとつは、三砂先生の「オニババ化」の警告の意味。あれはごく少数の負け犬やミリオネーゼに向けて発信されたものではなく、もっと、特に頑張ることもなく何となく流され気味に生きている多数に向けて書かれたものだということの意味が、今回やっと、分かった気がした。

■成果主義
今ほとんどの企業が導入を進めている成果主義は、年功序列の恩恵を全く浴することのできなかった女性には支持されているというのがこの本の調査の結果で、私も短期的には女性が登用されてゆくには、成果主義の方が有利だろうと思う。

ただ、以前から考えていた通り、長期的に考えた場合には成果主義にも疑問は残るなとこの本を読んでまた思った。成果主義を徹底した人事制度は、上に行けば行くほど、いつ落とされるかと心配し続けないといけない、本当に殺伐とした恐い世界を作り出す。そんな世界に参加したくない、と中流や下流に脱落してゆく人たちってむしろまともなんじゃないかと思ってしまう。私自身、制度の企画をしつつ、自分は戦線離脱を決め込んでいる。

この本を読んで一番不安に思ったのは、成果主義が上流、中流、下流の階層を越えたエネルギーの交換の仕組みとしては機能しないだろうということ。成果主義はせいぜい正社員層の上流と中流を分ける程度で、派遣だのバイトだのしている人にまでは直接範囲になりにくい。しかも成果主義は、もともと企業が人件費の選択と集中のためにやってることなんで、落とす仕組み(無能な管理職からのポストと給与の剥奪、みたいな)という性質も強く、それほど積極的に才能を登用する仕組みとは言えない。

今まで全く登用されてこなかった女性は、当然ながら成果主義で落とされる心配は殆ど無く、一時的にはむしろ登用が期待できるとは思うけれど、長期的にこういう殺伐とした制度の中で会社のために成果を出し続け、走り続けることを望む人がどの位いるのか、男女を問わず、私には疑問。

■機会悪平等
本では、淡々とデータを紹介・分析し続けた後に、最後にほんの少しだけ、著者の意見として、上流、中流、下流を固定化しないためには機会悪平等が必要なんじゃないか、そのためには、という提案があってその部分はとても興味深く読んだ。

中でも、大学の授業をインターネット配信すればいいみたいな著者の提案はいいなと思った。私の仕事でも最近、電話会議がビデオ会議や電話+パソコン画面を共有しながら行う会議に変わりつつあって、このような変化がコミュニケーションの効率を向上することは本当にエキサイティングだと思う。

企業の成果主義にしても、何年か後にはトレンドの揺り戻しが来るんじゃないかと予測している人事コンサルの書いた別の本を最近読んだ。具体的にはアメリカで既にそうなってきているように、給与ではなく、「働きやすさ」みたいなものがもっと重視されるのではないかという考え方。階層とかパフォーマンスを問わずに会社のオペレーションに、様々な才能や様々な能力のレベルの人にもっと参加してもらう必要があるというトレンドに、近い将来変わる必要があるんじゃないかという感じは、この本からも受けた。ただ、現在の厳しいコストプレッシャーの中で、どこで現実的に、そういう考え方の変化のきっかけをつかむことができるのかなとも思う。