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2009年1月 1日 (木)

2009年

(中国古典を教えていただいている田口先生に書いたメール)

毎年元旦には、本などで読んだ好きなことばを振り返ったりしながら、その1年をどんな風に過ごしたいか考えます。勉強会の記録を記した自分のブログを振り返ってみると、田口先生に中国古典を教えていただくようになってもう1年以上が経つことが分かり(2007年9月から教えていただいているようでした)、その記録をずっと読み返していました。

それで今年は、これまで先生に教えていただいたこと、去年自分で経験して学習したことも踏まえて、以下のようにできたらいいなあと感じました。

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1. 見守る
大人になることは見守ること(=我慢)ができるようになること。見守るというのは何もしないことではない。よちよち歩きの子を見ているような緊張感のあるもの。見守っていると、「自ずと然り」と全部決まる。

無為は流れを見守ること。自分の閉鎖的なところを開く勇気を持って。そうすると見えてくるから、既成概念でものを見ない。気がつかないだけで、底流ではいつも流れがあるから見守る。そうすると落ち着くところに落ち着く。無になって見るとゴールもプロセスも見える。自分の思惑があると対象が見えない。人も仕事も無になって見るとゴールもプロセスも見える。

果実を育てるのに人にできることは見守るだけ。それを忘れないで、全部そういうものと思わないと。ぷーっと吹いて大きくなるんじゃない。

2. 直感的、実感的に感じることを大切にする
決め付けると不自由になるから、そのときに何を感じるかを基本に、それが本質であると知り、それを繰り返して感性で感じて暮らすと、何でも新鮮にものが見られるようになり、それが自由とか、幸福につながっている。

3. 宇宙、自然、天、道の力をとりこむ - 「自ずと然り」というゴールの設定をする
人間の力なんて、大したものじゃない。宇宙、自然、天、道の力をいかにとりこむかが重要。腕ずくには限界がある。自然の流れに上手くチームを乗せる。

「自ずと然り」というゴールの設定をすると、すーっと上手くいく。ある種、道にゆだねるところが無いといけない。道との一体感を本当に信じることができれば、力がわーっと出るとか、そいういう余地がある。おれおれ、自分自分で遊びが無いと自然の力が入り込めない。隙間を残して自然に任せる。ゆだねないと上手くいかない。人は道と融合するとものすごい力が出る。施政者はそれを恐れて、神を人の上に置き、道、天、地、王が全く同じ位置づけだとは教えなかったのかもしれない。

4. 虚心になって働く
複雑なリーダーの本質も、虚心になれば見える。思惑があると本物は相手にできない。達人と対峙するときには無心になること。気に入ってもらおう、評価してもらおう、好きになってもらおうと思わず、無心になって働く。そうするとうんと勉強になり、うんと糧になる。

5. 湛(たん)として存する
存在が説得力を持つのが究極のリーダーシップ。「湛(たん)として存する」とは水が深くたたえられた深い池や湖がそこにあるような、その人がいると何か落ち着くといった感じのこと。「心の落ち着き」は金では買えない。
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去年上手くいかなかったことを振り返っての反省は、見守ること、「自ずと然り」とすることができずに、自分の想定と違うことが起こったことに驚き、不安になって、すぐに解決することを求めたことです。その経験から学んだことは、驚き不安になって、今すぐその状況を変えるために相手や状況を変えようとしても、思うような結果はさっぱり得られず、かえって表面的には人間関係が悪化し、一方で状況は何も変わらず、私の思う解決策は何の役にも立たなかったことでした。

このように相手や状況を今すぐ変えようと思ってしまうと、自分が虚心になって働くことは忘れて、相手の反応や、相手が自分をどう評価しているかばかりが気になり、自分もそれに左右されて、ますます不自由になる点も悪循環でした。

それとは逆に、去年、別に意図したわけではないのに偶然上手く行ったことを考えると、見守って、「自ずと然り」とやっていたように思います。自分の想定と違うこと、自分には好ましくないことが起こっても、なぜそうなるのか、相手や全体的な状況から考えて、「まあ、今はしょうがないか」と、今はこうでもそれは相手にも理由のあることで、将来はもっと上手く行くと相手を信じて前向きに考えていると、その考えを相手に伝えたのでも、約束したのでもないのに、なぜか相手は期待に応えてくれ、状況は期待を超えて好転しました。

また仕事でも、別に主体的な計画や意図は持たず、周囲の状況に合わせて「とりあえずやっとくか」と消極的に参加しただけで、何となく形になっていったものがいくつもありました。仕事には、主体性を持って自分で考えて自分でやるという一面もありますが、特に多くの人と一緒に仕事をしなければいけないときは、自分から「こうすべき」と主張してもあまり結果にはつながらないことが多く、注意して様子を見ていて必要とされた時に要求されたように参加する方が上手くいくようだと学びました。

今年は無心・虚心になって流れを見守りながら、そのとき自分が感じることに従ってまた虚心に働いて、自分や、自分の周囲のいろいろな可能性を拓いてゆけたらいいと思います。

2008年11月・12月 天成塾・窈窕会合同勉強会感想

(偃武第三十一 ~ 任成第三十四)

■とても興味深く、役立ったこと
1. 対立を超えるには戦わないで、相手を認める
アーノルド・ミンデルは老子の論法を活用してアイルランド紛争を解決した。対立を超えるには戦わない。相手を認める。欲とかあると相手を忘れるが、そうすると永遠に対立する。人間の持ちうる最後の方法論は「対話」。一緒に食事をするってすごい力。万物斉同。

2. 自分に束縛されているのは気づきにくい
自分に束縛されている人が多い。他人に束縛されるより気づきにくい。

3. 全て人間にとって重要なこと、全ての根源は己の中にある
全て人間にとって重要なこと、全ての根源は己の中にあるのに、人はそれに気づかずに外に回答を求めて迷って悩む。外に求めるのは止めて、自分の内側を見ると答えがある。本当は自分の心の中に全部答えはあるのに迷って悩む。

4. 人は道(根源的なエネルギー)につながっている
人は道(根源的なエネルギー)につながっている。みんな道から生まれてきた。自分を見つめることは、永遠の生命に帰ること。あまり外へ外へ行かない。自分の評判、どう思われているかにエネルギーを使っても、何のために生きているのか分からない。自分を楽しむ。

5. 何かを生み出す、つくりだすのが人間の本質
自分のやっていることに面白さ、喜びを感じているかどうか。やった後の結果は出がらしの茶みたいなもの。結果として賞をとったとか評価されたとか、そういうことではなく、自分の満足を主眼として生きる。黙々と何かをやるのが一番いい。作ること、何かすることの喜びが大切。どう評価されるのかとか、結論を要求しながらやるのは中途半端。他人の評価を気にするのではなく、自分が楽しむ。この世に存在することを楽しむ。何かを生み出す、つくりだすのが人間の本質。

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