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2008年11月 3日 (月)

2008年10月 天成塾・窈窕会合同勉強会感想 (無爲第二十九・儉武第三十)

■とても興味深く、役立ったこと
1. この世は神が動かしている
天下が取れるのはひどくめずらしいこと。会社で自分の部を持ったら思い通りにしようと思うのは大間違い。それだと上手く行ったのを見たこと無い。この世は神が動かしている。一個人が動かすことはあり得ない。人は自然にひれ伏すくらいでないと。おさめようとしても失敗する。執着すれば失う。

2. 自分と自然の空気との合作がいい
赤ちゃんを抱くときは力を入れても、入れなくてもダメで、ほどよくしないと。自分と自然の空気との合作がいい。力が入れば入るほど失う。

3. 自然の力を活用するには「甚(はなは)だしきを去り、奢(しゃ)を去り、泰(たい)を去る」
自然の力は人間の力の比ではない。これを活用するとすごく上手く行く。活用するコツは、何でもほどよくすること。「甚(はなは)だしきを去り、奢(しゃ)を去り、泰(たい)を去る」のがいい。微妙だから、荒っぽくしたらダメ。

4. 果実を育てるのに人にできることは見守るだけ
果実を育てるのに人にできることは見守るだけ。それを忘れないで、全部そういうものと思わないと。ぷーっと吹いて大きくなるんじゃない。

5. 果実がたくさんできても、自分がやったんじゃないから誇らない
本当に善なるものは、自然の力、神の力で果実はできたと考えるから、虫を取ったりはするけど、そのものには手はふれない。こどもには「早くしてー」だとダメ。見守ってやるといい。強引にやらない。果実がたくさんできても、自分がやったんじゃないから誇らない。

■感想
この勉強会を通して、ずっと無心になって対象を見るとゴールもプロセスも見えること、自分の思惑にこだわったり、執着するとかえってそれは成就はしないこと、それよりは周囲の人やものをよく見て理解し、状況にあわせて自然の流れに乗ると最大の効果が出ることを教えていただいてきたと思います。

とかく小さなことでも、自分の思い通りにならないと、つまらないと感じたりしてものごとに注意散漫になりますが、私が注意散漫になっている間にも、実は小さなことのひとつひとつにも果実が実る準備が、自然の中には確かにあるのかもしれません。自分の思い通りか、そうでないかにこだわるよりも、小さなことひとつひとつのことの中に成るかもしれない果実の可能性を見守れるようになる方が、人生に充実感を感じられるようになるのかもしれません。

先日、それほど思い入れてやっていたわけでもなく、言われたからただ淡々とやっていた仕事について、思いがけず「ここまでできたなあ」などとふと感慨と達成感のようなものを感じたことに、自分でもとても驚きました。別に私が何か一生懸命やったというよりは、全体の流れの中で、形の無いものがなんとなく形になってきただけのことで、私は(そんなにやる気のある仕事でも無かったので思惑なども無く)まさに見守っていたら、勝手にちいさな果実が実ったように感じて驚きました。それでも私は何となく嬉しく、もしかしてこれは、仕事についての結構重要な発見ではないかと感じました。

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