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2008年9月23日 (火)

セルフトーク・マネジメントのすすめ 鈴木義幸著

■「許せない」から「何があったんだろう?」へ
著者がコーチングをしていたある事業部長は、期限を守らない部下を前にすると、「許せない」という内側のセリフがスイッチになり、怒りの大爆発を起こしていた。このセルフトークを、「何があったんだろう?」に変えたところ、大爆発が起こらなくなった。

■自分のためではなく、相手のために何ができるか考える
ボストンフィルハーモニー常任指揮者のザンダーは、コンサートに招待したのに遊びに行ってしまった音楽学校の生徒に怒っていたが、妻から「リーダーはいつも試される。リーダーは3つの選択肢の狭間で揺れている。一つ目は相手を説き伏せてしまうこと、二つ目は妥協することで、大抵のリーダーは一つ目か二つ目しかやらない。三つ目の選択肢は相手の可能性を拓くことで、これを常に選択し続けるリーダーは大きな成功を手にしている」と言われた。

後日ザンダーは、コンサートに招待した意味や意義を事前に説明しなかったことを生徒たちに謝罪し、今後は事前に説明するようにすると話した。その後生徒たちは招待されたコンサートには必ず出席するようになった。

どうすれば相手の可能性を拓くことができるのか考えることは自分の可能性を拓くことにも通じる。

■セルフトークのマネジメント
セルフトークは、感情的なものから理性・思考的なものに変えて使うか、ネガティブな(感情的な)ものであれば減らし、なくすことでマネージする。ネガティブなセルフトークが無くなると、「ゾーン」と呼ばれる完全に集中した状態になれる。

■セルフトークを変えるには
「この会議を建設的なものにするために、何ができるだろう」のようなセルフトークは、自分はクリエイターであり環境に働きかけてゆくことができるというスタンスを生む。

「この人が生まれたときに、にっこり笑った両親がいる」と感じられると相手が自分を悩ませる単純な人間ではなく、重層的な人として現れる。

「この人はなぜこんな態度をとっているのか?」と相手の背景を探る。

視点を変える。自分の能力が高くなれば、エベレストのように大きく感じていた問題も、近くの丘くらいに感じられるようになる。

■自分の「アイデンティティ」に固執しない
アイデンティティとは場に応じて変えてもいい「役割」という認識を持って固執しない方がネガティブなセルフトークが発生しない。

あまりこだわると少しでも部下に反対されると激昂してしまったり、ささいなミスで自分を追い込むことになる。

アイデンティティはまとうものであり、自分と他人の間に立ち現れてくる相対的なものにすぎない、刺激をを受けたとしても、決して内側にある「本当の自分」が傷つくわけではない、と考える。

2008年9月22日 (月)

2008年9月 天成塾・窈窕会合同勉強会感想

■とても興味深く、役立ったこと
1. 用いようとする人やものをよく見て理解するのが達人のやり方
用いようとする人やものをよく見て理解すれば無理強いが無い。状況にあわせて自然の流れに乗る。会議、会社、社会には流れがあるから利用する。それだと軽くやっても最大の効果が出る。達人のやり方。これからやろうとすることの特質を見る。人を使うならその人の個性を見る。そうすると上手く動くようになる。

2. 直観力(要妙・ようみょう)を磨く
自分の思惑で動かそうとしてもダメで、今の状況に自分の思惑をどう乗せるか。観察眼があると分かる。

3. 無になって見るとゴールもプロセスも見える
自分の思惑があると対象が見えない。人も仕事も無になって見るとゴールもプロセスも見える。こざかしい智恵(=明)を持つと上手く行かない。だから、こざかしい智恵は覆いかぶせてしまえ(=襲明・しゅうめい)。

4. 社会・世間とは何か、人とはどんなものかに精通させるのがプロを育てること
プロとは玄人のことで、くらいところが見えること。普通の人では見えないことが見えるようにならないとダメ。今の会社はそういう能力を高める研修とか指導をしない。江戸時代には、社会を知る、世間とは何か、人とはどんなものか、に精通させていた。

5. 必須能力を上げて絶対自由の境地に近づく
年をとればとるほど、絶対自由の境地に近づいて便利にならないと。環境がそうなるのではない。自分がそうなる。でも今の日本のような人の扱いではダメ。人生の達人にならないと。職業は愉快になる手段で、自分を不自由から自由にする手段。偉くなるとかではない。世の中の真理をはかる手段としてやる。仕事もスポーツも同じで、楽しくないと成果が上がらない。ただし楽しくしたり成果を上げるには、まず必須能力を上げないと。勝てると面白くなる。鬼コーチの夏合宿があると能力が上がる。有無を言わせず厳しく鬼コーチが基礎を授ける。基礎が無いままの部下を叱っても成果は上がらない。でも本当は鬼コーチ頼みではなく、自分でやらないと。

6. 命は支えあっている
人間の社会は「生き抜く」こと。人の命は他の命に支えられている。人はひとりになると生命の危機を感じる。仕事を一緒にする人たちは生命を支えあっている。仕事の話をしに来ることは、その人の命が来ること。命は自己主張をするとき喜ぶ。

7. いいことも悪いこともあることを前提とする
俗世間ではみんないいことが続くことを願うけど、そんなことあり得ない。一歩引いてみると、いいことも悪いこともある方が人生が楽しめる。両方あることを知り、悪いと思っている方を前提として、「このていどならいいか」と暮らさないと。嫌なことを嫌だと言うほど偏りのある人生に。この世は両方ある。

7. 「今ここで」が一番重要
生きているだけで100点。生命を維持しているだけで、誰かの助けになっている。そのときそのときに一番恵まれた状態にいると思って感謝する。人間には必然があって、一番いいことが起こる。そう思うのは心の状態。「今ここで」が一番重要。それを、「あそこに行けば」、「明日になれば」とか思うのは下手な生き方。今一点に集中すると時間が止まるように見えてくる。

■感想
仕事を、偉くなるためにやっているとすると、私などは「別に偉くならなくても困りませんけど」と速攻口答えをしたくなり、人の上に立ってもっとお給料をもらうことに本当にそれほど興味が持てないので、自分としても行き詰りますが、一緒に仕事をする人と命を支えあいながら、絶対自由の境地に近づいてもっと自由に生きるため、世の中の真理をはかる手段としてやるとすると、全く違った視点が開ける気がします。

そうだとすると、効率良く・早く何かをしようとか、いつまでにとか、やり方に固執するよりは、一緒にやる人の反応とか、流れを見た方がいいだろいうという感じがして、物事が一見無駄とも思われるような紆余曲折を経てしか進まないことにも、それなりにおつきあいしてみたり、見守ることができるような気がします。

2008年9月15日 (月)

反朴第二十八

知其雄、守其雌、爲天下谿。爲天下谿、常徳不離、復歸於嬰兒。知其白、守其黒、爲天下式。爲天下式、常徳不忒、復歸於無極。知其榮、守其辱、爲天下谷。爲天下谷、常徳乃足、復歸於樸。樸散則爲器。聖人用之、則爲官長。故大制不割。
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その雄を知りて、その雌を守れば、天下の谿(たに)となる。天下の谿となれば、常徳(じょうとく)離れずして、嬰児(えいじ)に復帰す。その白きを知りて、その黒きを守れば、天下の式となる。天下の式となれば、常徳忒(あらた)まらずして、無極に復帰す。その栄を知りて、その辱を守れば、天下の谷(たに)となる。天下の谷となれば、常徳すなわち足りて、樸(ぼく)に復帰す。樸散(さん)ずればすなわち器となる。聖人これを用うれば、すなわち官長となす。故に大制は割(さ)かざるなり。
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俗世間ではみんないいことが続くことを願うけど、そんなことあり得ない。一歩引いてみると、いいことも悪いこともある方が人生が楽しめる。両方あることを知り、悪いと思っている方を前提として、「このていどならいいか」と暮らさないと。嫌なことを嫌だと言うほど偏りのある人生に。この世は両方ある。

最初から社長、天才なら後は下るしかない。だんだん上がってゆくのがいちばんいい。俗世間でいいことをいいことと思っているのはたいがいに。

「いいことは来い、悪いことは向こうへ」、「いいこともあれば、悪いこともある」とかも思わない方がいい。嬰児(えいじ)、無極(=道に戻ること)、樸(ぼく=切り出したままの木)に戻れということは、何の思惑も無い無心に帰れということ。

生きているだけで100点。生命を維持しているだけで、誰かの助けになっている。そのときそのときに一番恵まれた状態にいると思って感謝する。人間には必然があって、一番いいことが起こる。そう思うのは心の状態。

「今ここで」が一番重要。それを、「あそこに行けば」、「明日になれば」とか思うのは下手な生き方。今一点に集中すると時間が止まるように見えてくる。

▼ 「樸散(さん)ずればすなわち器となる」は、切り出したままの木を割って器にするという意味で、器になった木の飾りや技巧をよしとする文明の価値観。組織でも、人工的なものがいいと思っているけど、変に作らずに人間主体がいい。

▼ 「嬰児(えいじ)に復帰す」は赤ちゃんに戻るという意味で、純粋無垢の、感動する心を取り戻した方が、生き生き暮らせる。夜はずっと続くのではない。寝て起きると朝になっていて、新鮮さを供給されている。感動くらい楽しいことはない。

▼ 「大制は割(さ)かざるなり」は、偉大な制は分割しないということ。白黒とか善悪とかを分割しない。

2008年9月14日 (日)

巧用第二十七

善行無轍迹。善言無瑕讁。善計不用籌策。善閉無關楗、而不可開。善結無繩約、而不可解。是以聖人、常善救人。故無棄人。常善救物。故無棄物。是謂襲明。故善人者、不善人之師。不善人者、善人之資。不貴其師、不愛其資。雖智大迷。是謂要妙。
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善(よ)く行くものには轍迹(てっせき)なく、善く言うものは瑕讁(かたく)なし。善く計るものは籌索(ちゅうさく)を用いず、善く閉ざすものは関楗(かんけん)なくして開くべからず、善く結ぶものは縄約(じょうやく)なくして解くべからず。ここをもって聖人は常に善く人を救ふ、故に棄人なし。常に善く物を救ふ、故に棄物なし。これを襲明(しゅうめい)と謂う。故に善人は、不善人(ふぜんにん)の師、不善人は善人の資なり。その師を貴ばず、その資を愛せざれば、智なりといえども大いに迷う。これを要妙(ようみょう)と謂(い)う。
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ものごとは、ことさらこれだといってやる必要は無い。押さえつけて、断じてやれというのではない。力づくは長続きしない。やってんのかやってないのか分からない、人為的でないのがいい。

用いようとする人やものをよく見て理解すれば無理強いが無い。状況にあわせて自然の流れに乗る。会議、会社、社会には流れがあるから利用する。それだと軽くやっても最大の効果が出る。達人のやり方。これからやろうとすることの特質を見る。人を使うならその人の個性を見る。そうすると上手く動くようになる。自分の勝手で「こなるといい」と強引にもってゆくのはまずいやり方。前に座れ、これから言うことを聞けというのは最悪。冗談みたいに言って、後から気づかせるとか。

一級の大工とか調理人は計らない。手の感覚が性格な定規だから。人間は自分の身体の中に定規を持つ。「正」という漢字は、「この線で止まれ」と書く。初心者には線が必要だけど、だんだん慣れてくると身体の中に定規が持てるようになって、ダンスでも踊れるようになる。

がっちり鍵をかけても、やぶられるときはあるから、開けられてもいいようにする。約束でも、「あの人とは守らなきゃ」と思わせる。勘どころを知っていると約束も守られる。

それが分かるのは、自分の中に定規があって、人間とはどういうものかを知っているから。ずーっと無いような顔をしていて、ぱっと出すのがいいとか。「秘すれば花」とか。

観察眼があると分かる。自分の思惑で動かそうとしてもダメで、今の状況に自分の思惑をどう乗せるか。直観力(要妙・ようみょう)を磨く。

極めた人にしかわからないもの(=要妙)がある。人を全部見抜くから、上手く人を使う。見通している。だから人を活かして使う(=人を救う)。人の大成する道が分かる。

自分の思惑があると対象が見えない。人も仕事も無になって見るとゴールもプロセスも見える。こざかしい智恵(=明)を持つと上手く行かない。だから、こざかしい智恵は覆いかぶせてしまえ(=襲明・しゅうめい)。

人間には体全体に能力がある。皮膚感覚や、空気の流れを感じることはすごい能力。頭で考えるだけじゃない。悪い奴は面白い。嫌なこともちょっと乗って味わってみる。そうするとみんな楽しい。

▼ 昔の日本は「年季」で弟子入りをして、身を預けて奉公した。弟子を取る方も、あそこで3年我慢すれば一人前の大工になれるという評判なら、弟子入りが増えたから、人を育てた。今の日本の会社はアメリカ式に能力を売りに行く場なのか、育てる場なのか中途半端で、プロを育てる場所になっていない。プロとは玄人のことで、くらいところが見えること。普通の人では見えないことが見えるようにならないとダメ。今の会社はそういう能力を高める研修とか指導をしない。江戸時代には、社会を知る、世間とは何か、人とはどんなものか、に精通させていた。

▼ 戦国時代に、他の武将が組織優先の考え方(組織で必要な能力を持つ人だけを採用する)をしていた中、秀吉は人優先の考え方をしていた。例えば、土木が得意な人なら土木部長にする。弓とか剣とかできなくてもいい。当時の人は農民じゃなきゃ土方だった。このように採用された人たちが墨俣の一夜城や石垣山一夜城を築いた。暗~い人が面接に来たら、葬式部長にして取り立てた。

▼ 年をとればとるほど、絶対自由の境地に近づいて便利にならないと。環境がそうなるのではない。自分がそうなる。でも今の日本のような人の扱いではダメ。人生の達人にならないと。職業は愉快になる手段で、自分を不自由から自由にする手段。偉くなるとかではない。世の中の真理をはかる手段としてやる。仕事もスポーツも同じで、楽しくないと成果が上がらない。ただし楽しくしたり成果を上げるには、まず必須能力を上げないと。勝てると面白くなる。鬼コーチの夏合宿があると能力が上がる。有無を言わせず厳しく鬼コーチが基礎を授ける。基礎が無いままの部下を叱っても成果は上がらない。でも本当は自分でやらないと。

▼ 人間の社会は「生き抜く」こと。人の命は他の命に支えられている。人はひとりになると生命の危機を感じる。仕事を一緒にする人たちは生命を支えあっている。仕事の話をしに来ることは、その人の命が来ること。命は自己主張をするとき喜ぶ。

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