講師: ダグラス・ラミス氏
■パラダイムシフト~「強制労働」
1933年と1968年では社会科学のパラダイムが変化していることが、両年に編纂された百科事典の記述の変化から分かる。
1933年の百科事典ではヨーロッパによる植民地制度と軍事力が動いている様子が記されており、植民地における「強制労働」という項目があるが、これは「お金をあげる」と言っても貨幣経済を持たない熱帯の国の人々は働かないから。森林や川や湖から欲しいものは取れるので、お金はいらず、朝から晩まで8~12時間働くという文化や、欲望を持たない。こういった人を働かせるためには、強制労働しかなかった。
植民地の最初のインフラは強制労働によってできた。強制労働とは一時的な奴隷状態のことで、以下2種類ある。
1. 直接的な強制労働:暴力・銃・鎖などによる強制。このため多くの人がアフリカで亡くなった。病気で死んだというが、おそらくウツで死んだのだろう。
2. 間接的な強制労働:例えば、地元住民に豊かな恵みを与える森林を伐採してしまい、さとうやゴムのプランテーションに変えてしまう。そうすると森からの恵みは受けられないのだから、プランテーションで働くしかない。
ところが、1968年の百科事典では「強制労働」という項目は無くなっている。索引を見ると、わずかにヨーロッパの中世とソ連の項目でこのことばが使われているのみで、1930年代にまだ強制労働が行われていたとはどこにも書いていない。
■発展経済学
これは第二次世界大戦後に、発展経済学が盛り上がり、強制労働について、「熱帯の人たちはヨーロッパの文化に触れて同じものが欲しくなった」という別の物語が生まれたため。強制労働の事実は、大学で発展経済学を勉強しても習わないから学生は知らない。
発展経済学はアメリカの政策の変化により生まれた。トルーマンはアメリカの新政策として、未開発の(under-developed)国を発展させると演説したとき、under-developedということばはまだ辞書には載っていなかった。
■「幸せ」の変化
幸せの概念は様々だが、ヨーロッパの文明を必要としないで暮らしていた人たちの生活には幸せがあったはず。
その後、間接強制労働のシステムができ、その中で幸せが定義されるようになった。例えば、「何が買えたか」が幸せの尺度になるなど。
森林も、海も川も魚を捕る技術も無いなら、現代に生きる私たちも間接強制労働の状況にあるのでは。就職するのが嫌でも、今の構造では他に選択肢が無い。
■戦争でも刑務所でもGNPは上がる
アメリカでは200万人が刑務所にいるが、政府が委託して私企業が刑務所を運営しているところもある。政府が刑務所をやると再教育が目的になるが、私企業が刑務所を運営すると犯罪者がいないと仕事にならないと考えるのでは。
犯罪だけでなく、戦争もGNPを上げる。アフガニスタンのGNPも戦争でうんと上がった。米軍、NGO、NATO軍がアフガニスタンに入ることによって倍になった。アフガニスタンの阿片栽培もGNPを上げている。
日本のGNPにはパチンコや水商売の貢献が大きい。
■Richって何?
資本主義の約束する幸せ、このシステムを動かす原動力となっているのは、「金持ちになること」、「今より金持ちになること」。つまり英語のrichになること。
Oxfordの辞書を見ると、ことばの歴史が書いてある。richということばは、ラテン語のREX=王様から来た。王様の持っている権力は、臣民がいてはじめて成立する。つまり、「この人に従わないと」と思っている人がいないといけない。だからみんな王様にはなれない。王様は一人だけで、不平等を前提としている。
時代が進むとお金の力で人を支配するようになったが、poorな人がいないとrichにはなれない。richになりたければ、周りの人よりお金をもうけるか、周りの人を自分より貧しくする。つまり、経済発展が進めば進むほど、「みんな幸せ」は無理になる。
■Richの恐怖
Richになる幸せは、人を支配できる権力の楽しみ。だからその裏には、「このステータスを失ったらどうなるか?」、「復讐されたらどうしよう」という恐怖がある。連帯から生まれる幸せとは、だいぶ違う。
不平等から生まれる不幸せは、経済成長では解決しない。
金持ちは恐怖を感じている。自殺したり、危ない立場にいる。賃金労働者は上司に侮辱されても言うことをきかないといけない不幸せがある。100円ショップのものはかなり貧しい人が作っている。中国のどこかで、5円とか7円とかで100円のメガネをつくっている。
■貧困の近代化
経済学者のイワン・イリッチは、「貧困の近代化」ということを言った。近代化は貧困を無くすイメージだが、このことばには、貧困を合理化して搾取可能な貧困を作り出すという意味がある。
貨幣経済・消費文化・賃金労働のシステムの中に組み込まれていない人は貧しくても搾取することができない。システムの中に取り込まれた貧困を作らないと、システムが上手く行かない。
■幸せの追求
幸せそのものは、追求できない。
追求するなら麻薬をするとか。すぐhappyになれる。
happyのhapは「運」で、haplessというのは「運が悪い」という意味。
happenは「何かが起こる」という意味で、自分が何かするのではない、自分でコントロールできないことを言う。
追求するのは幸せではなく、もっと具体的なこと。例えばこどもを育てるとか、ピアノを弾けるようになるとか、旅行をしたいとか、何かの技術をマスターしたいとか。上手く行けば成長したり、知識が増えたり、それでhappyになれるかもしれないが、でもそうでもないかもしれない。
■人間の矛盾
知ると苦しい、憂鬱な、unhappyになるけど、それでも知った方がいいことはある。これが人間の矛盾。
不思議なことに、大学で教えることは知らない方が幸せなことも多い。例えば搾取、地球温暖化、種の絶滅、戦争。でも苦しいものを知る喜びもある。事実は生き生きとしている。
■古代ギリシャのhappy
古代ギリシャのhappyは、私たちとは違う。狂いそうに人を愛している、情熱的に嬉しい、極端に悲しい、大失敗して眠れない、その両方を同じことばで表現した。
現実、真実を体全体で感じて生きている。苦しいときは早く終わってほしいけど、一生忘れない。あのとき私は生きていたと思える。
「真の幸せとは?」という議論を複雑にできたら、ダグラス・ラミスさんは満足。