感想(仁徳第三十五・微明第三十六・爲政第三十七・論徳第三十八)
■とても興味深く、役立ったこと
1. 道は淡々としたもの
美しい音楽やおいしい食事には行き過ぎた人も戻ってくる。でも「道」は音楽や食事のようにおいしかったり、美しく聞こえたりはしない。道は淡々としたもの。でも実は、淡い味は一番の美味。道を用いれば無限。ほどほどが最上と知る。うんといいと悪い方にも行くから、中庸を心がける。
2. 反対をやる
何か欲しいと思ったら、何かをすてると得られる。反対をやるといい結果が出る。だったら自分からそれをやればいい。それが生きてゆくコツ。
3. 10年続ける
AもあればBもあるといった、柔弱、多様性を認めるリーダーでないとこれからはダメ。そうなれるためには謙虚さ、寛容さが必要だが、そうなるためには自己の確立が必要。自分に自信が持てるとできるようになる。
儒学者の佐藤一斎は、「一灯を下げて暗夜を行く、暗夜を憂うることなかれ、ただ一灯を頼め」と言ったが、「一灯(いっと)」とは「私にはこれがある」と思えるもののこと。世界広しといえど、これは私しかないというものをひとつでいいから持つ。石の上にも3年というが、10年も続けたら3年の3倍。オンリーワンを持つこと。
4. 「無為」を守れば、全て自らいい方向に行く
無私無欲で人為的にしないで流れをくんでやると、道は何もしていないように見えるけど、為さざるは無し(できないことは無い)。これは老荘思想、老子のすごいところ。道のありようは、「無為」を守れば、全て自らいい方向に行く。
自分の人生のテーマはいつも持っていて、すぐやろうと思わない。長期的な目標は、何となく持つのが生き方のコツ。不可能と思っても、無為になれば、為さざるは無し(できないことは無い)。
5. 嫌なことも、ありがたいと思えば卒業
嫌なことが来ないように祈るのはダメ。嫌なこと来い、もう嫌なことは無いという人生じゃないと。うんと嫌や奴に会うとか。ひどいことを早く経験した方が、後は極楽。嫌なこと、嫌な奴は貴重。嫌だと思っている間は消化していない。ありがたいと思えば卒業。
■感想
道は美しい音楽やおいしい食事のように、行き過ぎた人でもそのために戻ってくるような、分かりやすい華やかなものではなく、つい見過ごしてしまいそうな淡々とした素朴なものという説明に、なるほどなと思います。
無為であること、無私無欲で人為的にしないで流れをくんでやると、何もしていないように見えるけど、実は道の力でできないことは無いという老子の教えは、これから生きていく上でずっと覚えておこうと思います。
窈窕会の始まった2007年9月頃の自分のブログの文章を読むと、ちょうどシティバンクに入社して1年が経過し、仕事も増えて、私はそのことに随分苦しんでいたようでした。会社で認められることは、分かりやすい華やかなことかと思いますが、私が望んでいたのはそれよりも、自分の人生を自分の望むように淡々と素朴に、どうということなく生きることであったように思います。
「石の上にも3年」と言いますが、早いものでシティバンクに入社してもうすぐ3年になります。嫌なことは、来ないように願ってもムダなことで、わーわーした徼の世界も、存在するんだから、そこで人がどのように行動しているか、ちゃんと見ておけと道に言われているような気がします。ずっとこの世界にいなくてもいいかもしれませんが、美しい妙の世界も、混沌と喧騒の徼の世界も、両方知って「AもあればBもある」といった多様性を受容できる人間になる方が確かにいいように思います。
一方で自分がやりたいと思うこと、自分のテーマはいつもぼんやり素朴に持って、長く思い続けて少しづつ行動しようと思いました。

